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世界の終わり。
2024年05月17日 (Fri)
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2010年06月26日 (Sat)

 私の番が回って来た。前髪の先から落ちる水の粒を見て知る。
「きゃははははは」
「調子乗ってんじゃねーよバーカ!」
 聞き覚えのある声。それからバケツが床を転がる乾いた音、ドアを蹴る轟音、遠ざかる足音、耳鳴り。昼休みが終わるチャイムが鳴るまで動けなかった。泣くことも出来ず、ひたすら便器の前に佇んでいた。
 ターゲットは定期的に変わる。クラスの女子十八人のうち、順番が回って来ないのは教祖であるリエ一人だけ。そう、これはある種の宗教だ。絶対的な力によって動かされる、思考外の行動、独裁政権。リエはいつもにやにや笑っている。自分の手は汚さない。昨日までは私もリエの政権下で違う女子を傷付けていた。今は逆の立場だ。
「いい気味だよね」
 教室に入った途端、会話が止まった。昨日までターゲットだったミホは、私と目が合うとすぐに視線を逸らした。
 こうして儀式が始まる。教祖の教えに背いたが最後、卒業まで永久に追放される。存在は無きものとされ、誰とも話せない。いじめという一辺倒な儀式を受けることよりも関わりを持てないことの方が怖い私たちは、教祖に逆らうことなど出来ない。ターゲットでいることは永遠じゃない、終わりがある。教祖はそれを見て楽しむ。一人だけ。
 その日も私は窮地に立っていた。教室の窓の外に下げられたリエの体操袋を取りに行かなければいけない。私は高所恐怖症で、ここは四階だ。雨まで降っている。窓から身を乗り出して、ようやく袋に届くかどうか。私は涙を浮かべながら許しを乞うた。教祖は首を横に振る。信者は罵声を浴びせる。いつもの光景。大人たちの知らない世界。
 どんよりと垂れ込めた灰色の雲が、私の気持ちを更に暗くさせる。昨日は手を使わずにリエのスリッパを洗った。その前は英語の授業中ずっと掃除道具入れの中に監禁されていた。雑巾のにおいがまだ髪の毛にこびりついている気がする。いつまで続くのだろう。これが終わっても、またいつ順番が回ってくるか分からない恐怖に怯えて生活をしなければならない。生き地獄だ。頭の下のアスファルトを見つめて思う。
「こら! 何をしている!」
 教室の外から声が響いて救世主が現れた。いつもは大嫌いな体育の宮村だけど、助けてくれるなら今は誰でも良い。蜘蛛の子を散らすように皆窓から一斉に離れる。
「松尾、お前いい加減にしろよ」
 いきなり名前を呼ばれたリエは、恐怖に満ちた表情を浮かべながら教室の外に飛び出した。追い掛ける救世主、逃げる教祖。運が良かったのか悪かったのか、廊下は雨でひどく濡れていた。
「いつまでも調子乗ってんじゃねーぞ!」
 不良少年のような救世主の叫びに続いて、湧き上がる悲鳴。リエは階段から足を滑らせて落ちた。更に運が悪く、踊り場のコンクリートで思い切り頭を打った。
 教祖が死んだことを聞かされたのは翌日になってからだった。救世主は学校を辞めた。もう順番が回ってくることはなかった。



(2010/5)
 

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2010年05月21日 (Fri)

 洗濯機が壊れたので、コインランドリーに行くことにした。深夜一時過ぎ、女の一人歩きは危ないから、ってすぐ近所に住む恋人のハジメがついて来てくれて、半分欠けたお月様を見上げながら手を繋いでコインランドリーに向かった。
 年中無休、二十四時間営業のコインランドリーはコンビニの隣にあって、そこだけは闇に落ちた白熱灯のようにピカピカ輝いている。引き戸を開けるとむわっとした熱い空気、それと乾燥したカビっぽいにおい。中には誰も居なくて、天井の奥にぶら下がった監視カメラだけがこちらをじっと見ていた。
 ごうん、ごうん、と音を立てて洗濯機が回る。あと二十五分も掛かるらしい。明日も仕事だし、眠くなってあくびをしたら隣でハジメも口を押さえた。
「あくびってうつるよね」
 なんて言いながら、ハジメの肩に寄り掛かってひたすら回る丸い洗濯機を眺める。ぐるんぐるんと一定の速度で回るそれは、催眠効果抜群だ。
「あ」
 ハジメがいきなり声を上げて、半分夢の世界に頭を突っ込んでいた私はびくんと肩を跳ねた。
「何、急に」
「何か落ちてる」
 並んだ洗濯機の前に、よく見ると一つずつ黒いものが落ちている。ハジメはわざわざ立ち上がりそれを拾い上げ、私の目の前にかざした。
「ひまわりの種かな?」
 ハジメが言い終わるより前に、私は種を摘まんだ指に食らいついていた。
「うわ、何すんの! 食うなよ!」
 何故自分がそんなことをしたのか分からない。半分寝ぼけていたからか、ハジメの指が美味しそうに見えたのか、とにかくそれを口に入れたい衝動に駆られた。本能に突き動かされるというのはこういうことを言うのかも知れない。
「お腹空いてるなら何か買って来るよ」
 そう言ってハジメは隣のコンビニに出掛けて行った。洗濯機はすすぎを始め、泡立った箱の中は灰色の水で満ちて行く。目を瞑るとそのまま後ろに引っ張られるようにして眠ってしまった。

 翌日、出勤前に洗濯物を干していると鈍い腹痛に襲われた。痛みがどんどん強くなって慌ててトイレに駆け込むと、下着は真っ赤に汚れていた。脚の間からはとめどなく血が流れている。怖くなってハジメに電話をすると、すぐに飛んできたハジメは私を抱えて病院に連れて行ってくれた。私は流産していた。
 妊娠していたことすら知らなかった。ハジメはびっくりしていたけれど、優しく抱きしめて、
「体大事にして。結婚しよう」
 そう言ってくれた。
 昨日の夜食べたひまわりの種のことを思い出し、
「もしかして洗濯機の赤ちゃんかな」
 って言ったらハジメは「バカ」って泣きながら笑った。ハジメの腕の中で、私は一ヶ月と少し前に洗濯屋の息子と浮気したことをぼんやり思い出していた。



(2010/5)

 

2010年05月14日 (Fri)

 チョコレートの香りが口の中いっぱいに広がって、私は血まみれなのに思わず笑ってしまった。空は突き抜けるように青く、雲は一つもないのに風は冷たくて、
「絶好の死体日和だね」
 とユウは言った。私はうなずく。笑いが止まらない。
 大好きなユウが作ってくれた血糊で私は真っ赤っか、恐らくユウも私と同じかそれ以上に赤い。狭いベランダにレジャーシートを敷いて、鍋いっぱいの偽物の血で体中を汚した。
 この遊びを見付けた時、私たちの間に流れていた怠惰な空気や負の感情が一切拭われた気がした。溶かしたチョコレートに食紅を混ぜるだけ。血糊の完成。こんなに簡単なことなら早くやれば良かったね、って私たちは何度も言い合った。
 まだ少し温かい血糊を手のひらに取り、べたべたと体中にくっつける。その様子を室内に置いたビデオカメラで撮影する。それだけの遊び。何も関係の無い人が外から見れば、異常事態に驚くかも知れない。しかしここは高層団地の八階で、高い柵がベランダを覆っている。下からは覗けないし、近くにはここより高い建物が無い。お隣さんは空家だ。こんなチャンスはまたとない。
 休みのたびに、私とユウは血糊を作って死体ごっこをした。局部的に、例えば左腕や脚の間や頭や心臓の辺り、そこだけに血糊を落としてリアリティを追求し、本物の死体により近付ける。その繰り返し。
 血まみれのユウを見ていると、本当に死んでしまったような気分になって涙が出て来る。真っ赤な私が血の涙を流してユウに縋り付くと、意地悪なユウはぴくりとも動かずに死体になりきる。
「ユウ! 起きて! 死んじゃいや! 私を置いて行かないで!」
 迫真の演技だ。ユウは勢いよく笑い出し、強い力で私を抱き寄せて、より赤くなった私たちはベランダに寝転んで空を見上げる。死体ごっこをする時のキスの味はいつもチョコレートだ。唾液と血液とチョコレートがごちゃまぜになって、最高に気持ちが良い。
「死ぬ時もこんなに気持ちが良かったらいいのにな」
「やっぱり痛いのかな。苦しまずに死にたいね。今みたいに楽しい気分のままでさ」
 真っ赤な顔が近付いて、唇にチョコレート味が再び降りる。ビデオのテープが切れる音が聞こえると、私たちはそのままセックスをした。冷たい風が体中を撫でて、ばかみたいに青い空に赤い血はよく映えている。目を閉じるとチョコレートのにおいがした。
「このまま死んでもいい。死にたい」
 そう言ったらユウは私を殺してくれるだろうか。手のひらを首筋にあて、そのままゆっくりと力を込めて行き、事切れた私はユウの腕の中でだらしなくしなる。
 そんな想像をしながら、真っ赤な顔に手を伸ばしてキスをせがんだ。チョコレートが唾液で溶ける。私は甘い死を迎えた。



(2010/5)
 

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1984/09/21
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