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世界の終わり。
2024年05月21日 (Tue)
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2010年03月04日 (Thu)
 神様、もし神様が存在するのなら、私に飛び込む勇気を下さい。目の前を通過する特急列車に飛び込んで、身も心も散りぢりになってしまえたなら、私はどんなに幸せでしょうか。幾度となく襲い来るそれらの衝動を私の生存本能は否定し、抑制して、私は今日も生きています。生きてしまっています。それが凄く悲しいのです。私はもう消えて居なくなりたい。全てのことから逃げ出したい。生きることが出来ないのなら、もう死ぬしかないのです。でもそれすらも許されない。まさに生き地獄、一体私にこれ以上どうしろと。
 絶望し帰路につくと、家の中は時が止まってしまったように朝の風景そのままでした。この家には私の他に誰も居ないこと、私はひとりきりなのだということを思い知らされたようで、涙が出ます。どうしてこんなに苦しいのだろう。悲しいこと、辛いことなんて、今までにも沢山あったはずなのに。学校でお友達だと思っていた女の子に口をきいてもらえなくなった日、朝の出席確認の時に担任から名前を呼ばれなくなった朝、クラスメイトの前で制服を脱がされ裸になったあの日の放課後、その時にも私は泣かなかった。それなのに、たった一人の肉親であった父が居なくなってしまったあの日から、私はひどく涙もろいのです。
 父は、私のことをとても可愛がってくれました。過保護と呼んでも良いくらいに私のことを心配し、毎日部屋と鞄とノートのチェック、高校生になってからもお風呂に一緒に入っていました。
  年頃になると、父に裸を見せることへの恥じらいが芽生えます。何度かひとりでお風呂に入りたいと訴えたこともありました。しかし、私が拒絶すると、父は泣くのです。泣きながら私を殴り、汚い言葉を浴びせながら服を脱がします。
 私は父のお人形でした。そして父の妻であり、恋人でなくてはならなかったのです。父は四六時中私を監視し、私は家の中でひとりになることを許されませんでした。ひとりの時間が欲しい、そう思ったことも何度となくあります。それでも、父が居なくなってしまった今、心の中にぽっかりと空いた穴を支配しているのは父の面影ばかりで、ふとした瞬間にその姿を探してしまうのです。そしてもう二度と私の前に現れることは無い父の影を追い掛け、捕まえることが出来ずに泣いてしまいます。あの日、私に拒絶された父もこんな気持ちだったのでしょうか。
 閉め切っていた家中の窓を開けると、夏の夕方の生ぬるい空気が辺りを満たしました。外は薄闇に包まれて、どの家にも淡いあかりが灯されます。父の部屋の畳の上に私は寝転がりました。これからどうしよう。これから、父の居なくなってしまった人生をどうやって生きて行こう。考え付く行き先は、全て暗黒に塗り潰されていました。早いうちにこの世から居なくなってしまわないと、私はもっと深い悲しみに襲われてしまう。どうしようどうしよう。止めどなく涙が溢れます。耳の穴に落ちた一滴の涙は生温かく、いつも私の耳たぶばかりを執拗に触っていた父の指先が思い出されました。目を閉じれば自動的に浮かんでくる父の姿。その顔はいつも怒ったように表情は無く、目はぎらぎらと光っています。父の目が、私は怖かった。じっと見詰めていると食べられてしまいそうだった。そんなことを思いながら、私の涙腺はどんどんどんどん体液を放出します。
 ゆっくりと起き上がった私は、自分の部屋の机の引き出しから一本の剃刀を持って、再び父の部屋に寝そべりました。煙草のにおいが染み付いた畳に身を投げて、剃刀を握り天井を見上げます。外はすっかり日暮れて、暗闇にようやく慣れた目がぼんやりと天井の模様を浮かび上がらせます。電灯の笠に触れるように右手を伸ばし、左手に持った剃刀を腕に勢いよく滑らせました。これまでにも何度も傷を付けた腕はそう簡単に破れることもなく、じんわりと滲む程度に血液を体外に押し出すだけで、事態は何も変わりません。鈍い痛みが後からやって来るだけです。
 剃刀を右手に持ち直し、今度は左腕に当てました。思い切り引くと、先ほどより遥かに鋭い痛み、それはもう私を我に返らせてしまうほどの痛みで、その痛みを打ち消すかのように私は剃刀を引き続けました。
 そのうち、流れた血液が腕を伝って私の上に落ちて来ました。制服が汚れてしまう、でももういいや。窓から差し込む月の光に照らされた血液は黒く、妖艶でうっとりしてしまいます。あの日、父をこの手で殺めてしまった日も、こうして腕を傷付けたものでした。父が愛用していたゴルフクラブで丸い頭を殴り、そう、父が私にしていたように何度も父を殴っているうちに、彼は動かなくなりました。呆気無いものです。私は更に父の首を制服のスカーフで締め上げ、眼球が飛び出すのを確認してからようやく手を離しました。父でなくなってしまった重たい死体は、取り敢えず浴室に運び、水に浸けてあります。父は小柄な人でしたが、それでもひとりで浴室に運び込むのはとても骨の折れる作業でした。
 血塗れになった腕を畳の上に投げ出して、私は窓の向こうの大きな月を見上げました。今日は綺麗な満月です。月の光に慣れてしまった目で再び天井を見上げると、そこには何も無く、ただ暗闇が落ちてきただけでした。今ここで首に剃刀を当て横に引いたら私はこの世から消えてしまえるでしょうか。生きることを止められるでしょうか。でもきっと、そんな簡単には行かないのです。だから私は明日も変わらず学校に行き、クラスメイト、否、学校全体からの嫌がらせを受け、絶望しながら線路を見詰めるのです。早く、浴室の死体が腐ってしまうより早く、この世から消えてしまわなければ。気持ちだけが急いてしまい、更に涙が流れました。
 寂しい。そう、私は寂しいのです。父の居ないこの世界では、私は孤独です。ひとりは寂しい。今まではずっと父がそばに居てくれたから、私はそんな感情を抱いたこともありませんでした。
 私はその場で制服を脱ぎ、下着を畳の上に投げ、剃刀を握って浴室に向かいました。
「お父さん」
 冷たい浴槽の中に横たわる父は、刷りガラスの窓から差し込む光でぼんやりと浮かんで見えました。私は片足を浴槽に差し込みます。父の血液が滲んだ赤い水は思ったよりも冷たく、一瞬だけ足を引いてしまいました。しかしここで怯んでしまっては、私はずっとひとりぼっちです。再びその水の中に足をうずめ、腰まで浸かると父に抱き付くようにして上に重なりました。
「お父さん」
 何度そう呼んでも、死体になってしまった父からの返事はありません。月の光に照らされた青白い肌に、ゆっくりと剃刀で傷を付けて行きます。もう血は出ません。私の涙は流れ続けます。切り開かれ無残な姿になってしまった父の上で目を瞑ると、ようやくゆっくり眠れる気がしました。


(2010/3)


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2010年02月26日 (Fri)

 家を出た時、まだ雨は張り付くような霧雨で、音も無く静かに膜を作っていた。もうじき二歳になる彼女の娘が寝付いたのを見計らい、小さな部屋の鍵を閉める。夫は夜勤で明日の朝七時過ぎまで帰らない。最近やっと朝まで寝てくれるようになった娘が夫の帰宅まで目を覚まさないことを祈りながら、玄関の隅に置いてあったビニール傘を差し、外灯の少ない道を歩く。義父母は熟睡しているはずだ。離れである家族三人の住処は、母屋から二十メートルほど奥まった場所にある。なるべく足音を立てないように、庭の砂利を踏みしめながら歩いた。
 家の前を通る農道に車は無い。昼間でも一時間に十台も通らないほどの閑散とした道だ。娘が生まれたばかりの頃はよく農道の脇を散歩したっけ。梅雨に入ったばかりの今の季節は、夜になればまだ寒い。彼女は薄いTシャツにパーカーを羽織っただけの姿で出て来たことを、少しだけ後悔した。それでもやはり彼女の頭の中を占めているのは娘のことばかりで、布団を蹴飛ばしていないだろうか、寒くて泣いていないだろうか、おむつは濡れていないだろうか。自分のことよりもひどく気に掛かった。この調子ならば一緒に連れて来た方が良かったかも知れない。否、娘が居てはきっと決心は揺らいでしまう。娘の人生までを巻き添えにしてはいけない。余計な思考を振り落とすように、彼女は早足で歩いた。ビニール傘の上に雨だれが色の無い水玉模様を作って行く。
 駅までは歩いてちょうど一時間。山と田畑に囲まれた小さな村の中の、小さな無人駅。終電は午後八時半。週に三度だけ深夜に貨物列車が通過する。「棚田が美しい町」と書かれた、駅構内の色褪せたポスターを思い出す。駅から棚田は見えないのに。
 農道に沿って山を下り始めると、次第に雨足が強くなる。傘に当たる雨音の音量が上がり、彼女はほっとする。音の変化があった方が、気が紛れるものだ。
 この山村に嫁いでもう四年が経った。彼女の世界には夫と娘と義父母しか住んでいない。何日かおきに行く食料品の買い出しにさえ、自動車免許が無い彼女は夫に頼らなくてはいけない。住居を別にしてはいても、義父母とは毎日顔を合わせる。もともと人間関係に悩みを多く抱いて人生を送って来た彼女にとって、全くの他人である夫の両親と生活を共にすることは苦痛以外の何ものでも無かった。よく四年も耐えたものだと思う。
 両脇を棚田に挟まれた、新しく舗装されたばかりのアスファルトの道は不自然極まりない。有機物と無機物が並行して走っている、奇妙な感覚。他にも、最近出来た二階建てのショッピングセンター。田んぼの真ん中に突如として現れるそれは、人間の欲望と理不尽さ、無慈悲の塊のように思え、夫に誘われても行く気にならなかった。彼女は特別自然を愛護したりするような人種では無かったけれど、あれだけ村の中に大きな建物を建てることに反対していた人たちが、手のひらを返したようにこぞってショッピングセンターに向かう様が目も当てられないほど痛々しく思った。矛盾だらけ。それが人間であることも彼女は知っている。それでも、あからさまなその態度の変化には吐き気を催さずにはいられなかった。
 三十分以上歩いただろうか。ふもとにはショッピングセンターの駐車場が遠くに見える。だだっ広い駐車場に車は無く、緑の中にぽっかりと穴を空けたその空間に吸い込まれて行きそうな感覚を振り払うかのように、彼女は立ち止まって深呼吸をした。
 目的地まではあと少しだ。雨は強くなったり弱くなったり、たまに止んだりしている。傘を除けて空を見上げると、重く湿った雨の夜の空気が彼女の全身に降り注いだ。その場に傘を捨てる。湿気と汗で、腋には汗をかいている。身軽になった彼女は更に早い足取りで歩を進める。もう少しの辛抱だ。
 目的地に着いた彼女は、その場に立って辺りを見渡した。駅から約三百メートル、外灯は遥か遠く、暗闇で足元を見ることすらままならない。夜に慣れた目は僅かな輪郭を察知し、彼女に伝える。かがみ込み手のひらを伸ばすと、冷たく濡れた金属に触れた。
 雨が少しずつ激しくなってきた。彼女はゆっくりと寝転がる。硬い枕木が背骨に当たる。位置を調整して、目を開けた。黒とも青とも灰色とも言い難い、深い闇の世界がそこには広がっていた。
 娘のことが頭をよぎる。昼間、夫のために作ったおにぎりを手のひらでぐちゃぐちゃにして遊んでいる姿を見付けて怒鳴ってしまった。洗濯物を取り込みに、ほんの少し目を離した隙の出来事だった。娘は怯えた目でこちらを見つめ、泣き出すこともなくひたすら私の顔色を窺っていた。分かっているのだ。娘の手の届く場所に置いてしまった自分に落ち度があること、娘は何も悪くなど無いこと。しかし、その娘の目は紛れも無い幼い頃の彼女自身の怯えた瞳であり、大人に対する恐怖しか無かったあの日々のことが嫌でも再生された。記憶を掻き消すように彼女は娘を罵倒する。目に涙を浮かべ、必死になって耐えている姿は彼女だ。テーブルの上で座り込んでしまった娘を思い切り突き飛ばす。転げ落ちた娘は大きな声を上げて泣き叫ぶ。泣き声を聞いた夫が隣の部屋から慌てて駆け付けた。娘を拾い上げ、あやしながら彼女に対して彼女が今娘に言い放ったのと同じ言葉で罵倒する。しゃくり上げている娘を抱いて夫が部屋から消える。母屋に行ったのだ。そして、義父母に彼女の失態を言い付けることであろう。
 それはもう既に彼女の日常に組み込まれていることで、直後に彼女がひどい自己嫌悪に苛まされることも、次に義父母に会った時には更にひどい言葉を浴びせられることも、ねちねちと夫に嫌味を言われ続けることも、容易に予想出来た。この家の中で、彼女だけが他人だ。それを理由に彼女はいつも悩み、苦しんでいた。苦しみから解放されようと、夫に家を出ることを提案したこともある。でも、「長男だから」というどうしようもない事実を盾に、夫は彼女の話を聞くことすらしなかった。
 娘にはひどいことばかりしてしまった。その一つ一つを思い出すたびに胸が苦しくなる。毒にしかならない母親のもとで日々罵倒されながら生活するよりも、愛してくれる家族の中で成長した方がずっと良いのだ。それは彼女自身の経験からよく知っていた。
 顔に当たる雨の粒が大きくなり、思わず彼女は目を瞑る。あと少し、あと少しだ。頬を流れた水滴が、雨なのか涙なのか判別出来ないほどに雨は激しくなっていた。
 遠くに光が見えた。思わず息を止める。両手を胸の上で組み、頭の中に真っ白いキャンパスを描いて恐怖から逃れようとする。しかしそのキャンパスの上には、娘の顔が自動的に描かれて行く。鮮明に、幾つも幾つも消しては浮かび、彼女は歯を食いしばる。光と共に貨物列車の轟音が近付く。彼女は何度も娘に謝罪する。ごめんね、愛してあげられなくてごめんね、優しく出来なくてごめんね、ひどいこと沢山言ってごめんね、いっぱい傷付けてごめんね、成長を見届けてあげられなくてごめんね、自分勝手な母親でごめんね。優しいパパとおじいちゃんおばあちゃんに愛情を沢山貰うのよ。
 光と音が彼女を飲み込む。雨だれの中に彼女は溶け、水蒸気となり闇になった。彼女の謝罪は天に昇り、白いキャンパスは赤く汚れる。娘の上に、そして彼女自身に静寂が再び下りる。



(2010/2)


2010年01月12日 (Tue)


 だからさ、もう本当そういうのは馬鹿げてると思うわけ。だって考えてもみろよ。明らかにおかしいだろ?何でそういうのに騙されちゃうのかなあの人たちは。あーもう嫌だ、行きたくない。世知辛い世の中だよな。浪人生の人権なんてあって無いようなもんだよ。
 朱色の空に紺色がうっすらと混じり始める頃、今日もあいつは黙って俺の話を聞いている。にこにこと屈託の無い笑みを浮かべながら、俺の手のひらをゆっくりとさするんだ。
 もう行くのやめようかな。どんだけ勉強したってアホには違いないんだし、今以上の結果が出るわけがないんだ。何のために勉強して来たんだろう。そんなのもう忘れちゃったよ。今日みたいな日もいつか笑い話に変わったりするんだろうか。遠い未来のことなんて考えられないよ。
 あいつは俺の顔をじっと見て、うんうんと頷いた。白いイヤーマフは夕闇に照らされて自在に色を変える。これは俺がプレゼントしたものだ。あいつは涙を流して大袈裟に喜び、それから毎日イヤーマフを着けて来るようになった。
 なあ、いつもありがとうな。いつも話聞いてくれてありがとう。お前が居なかったら俺はとっくに首を吊ってた。受験ノイローゼってな。ははは。笑えねーか。
 あいつの手のひらが俺の頭の上に乗せられた。幼い子供をあやすように「いいこいいこ」をする。感極まって涙が溢れ出す。情けねえ。細い指が俺の頬に伝った涙を優しく拭う。不安を顔中に浮かべたあいつに向かって、俺は無理矢理笑顔を作る。
 寒くないか?大丈夫?そうか。お前の手、いつも冷たいな。今度手袋買ってやるよ。今日はこれで我慢してな。
 小さな手のひらを握り、コートのポケットに突っ込む。ポケットの中で二つの手のひらが絡み合う。何でこんなに冷たいんだろう。あいつはうつむいて頬を赤らめる。それを見るたび、少しだけ速度を増した血液が体中を駆け巡る。頬が赤いのは夕日の所為かも知れないけれど。
 よし、じゃあそろそろ帰るか。また明日な。いつもありがとう。
 辺りが紺一色に包まれたのを見計らって、俺は立ち上がる。あいつもつられて立ち上がり、にこにこと頷く。そしてイヤーマフを外し、髪の毛を掻き上げて平らな顔の側面を露わにする。あるべきはずの場所に無い、あいつの体の一部。俺はいつものように平らかなそこを撫で、唇を近付ける。
 大好き。愛してる。俺から絶対離れるな。
 そう言うとあいつは顔中を真っ赤にして下を向いたまま何度も首を縦に振るんだ。聞こえているはずなんてないのに。
 あいつを家の前まで送り、街灯に照らされた住宅街を歩く。俺が居ない間、あいつの冷たい手のひらを温めてくれる極上の手袋を買うために、思い直して駅に向かった。あいつの真っ白な耳のようにのっぺりとした月が、俺の前に大きな影を作る。



(2010/1)
 

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女性
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1984/09/21
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