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世界の終わり。
2024年04月30日 (Tue)
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2010年12月07日 (Tue)

 紫色の太陽が教室を照らしていた。乱視用の分厚い眼鏡越しに見る児童たちは皆黒く焼け焦げていて、思わず自分の体を確認してしまったほどだ。私の体に異常は何もなかった。スーツの裾が少しほつれていたけれど、これは大分前からのものだった。切っても切っても糸が飛び出してくる。
「ちゃんと縫わないとだめなんですよ」
 そう言った妻の顔を思い出そうと必死に記憶の回路を辿るが、いつまで経っても妻の顔には目がなく、鼻もなく、口も耳も眉もなかった。真っ平らな顔は黒く塗りつぶされていた。
 私は教卓を離れ、教室の中を歩く。紫色の太陽は黒く焦げた子どもたちを容赦なく照らし、教室の中は物体が焦げたにおいとは別に、ポリエステルの洋服が、髪の毛が、人体が焼けた独特のにおいで満ちている。私が愛する死体のにおいとはまた違う、嫌いではないがあまり受け付けないにおい。
 窓を開けると、紫色だったはずの太陽がじんわりと赤みを帯びているのが分かった。先ほどまで降っていた雪は既に溶け始め、赤紫色となった太陽に照らされ赤い水たまりを作っている。
 深呼吸をした。冷たい空気が肺に満ちると、吐き気がした。耐えきれず、そのまま窓の下に吐瀉してしまう。給食のトマトスープとフルーツヨーグルトが混じった、桃色の吐瀉物がアスファルトの上を汚した。
「先生大丈夫?」
 思わぬ声に胃袋の収縮が大きくなった。大量の血液が吐瀉物の上に落ちる。
「……大木?」
 声の主は大木という児童だった。授業中、お腹が痛いと言って保健室に行ったはずだった。
「お腹は、いいのか?」
 口のまわりを手の甲でぬぐいながら大木に問う。よく見ると大木は大木でないような、妙な違和感があった。
「お腹? 何のこと? それより何でみんな死んでるの?」
 どうやら私の目の前に立っているのは、五年一組の、弟の方の大木のようだ。私が受け持っている兄の方の大木は、弟とは対照的に大人しく真面目で、決して私にこんなくだけた話し方をしない。
「ねえ、何でみんな真っ黒になってるの? 死んじゃったの? ナツキは?」
 ナツキというのは兄の名前だ。大木は私のスーツをつかみ、なんで、なんで、と嗚咽を漏らした。
「お兄さんなら保健室に行ったよ」
 黒い髪の毛に手をのせ、ぽんぽんとたたく。大木は顔を上げ、一気に明るくなった表情で嬉しそうな声を上げた。
「本当!?」
「うん。授業中にお腹が痛いと言って保健室に行ったんだ。だからまだ保健室にいると思う」
 大木は安堵の表情を見せた。
「良かったあー」
 大木は胸に手を当て、大げさに息を吐いた。そして、時間をかけてその表情は歪んでいった。私は男子の割に細いその首に両手をかけ、ゆっくりと力を込める。一体ぜんたい何が何だかわからない、異常な世界で唯一見つけたまともであろう人間に首を絞められて死ぬというのは、どれほどの困惑を招くのだろう。私はとても愉快な気持ちになって、わざと少しずつ力を加えていった。
「……っごぇっ…ぶっ……ぼ……」
 色白の、子ども特有のすべすべした肌が、赤く染まっていく。いつの間にか声を出して笑っている自分に気が付いた。大木の体が力なくしなだれ、赤い顔が白色に戻っても、私は大木の首を絞め続けた。このままひねれば首が取れてしまいそうな気もした。
 手を離すと呆気なく崩れ落ちた。足元に転がった、大木だった塊を見て、私は今日と同じように雪が降った日のことを思い出していた。

 十二年前のことだ。今日のように朝からひどく冷え込んでいた日で、そのとき私はまだ教育実習生だった。卒業した高校で、二週間だけ数学の授業を教えていた。その頃はまだ小学校の教員になるつもりはなく、高校で数学を教えたいと思っていたのだ。
「桜井先生って彼女とかいるんですか? 先生と仲良くなりたいです」
 一人の女子生徒から小さく折りたたまれたメモ紙を、授業を終えて教室を出た直後に渡された。ポニーテールのよく似合う、小柄な、可愛らしい子だった。確かバレー部に所属していて、天野という名前だった。
 実習のレポートを書き、翌日の準備をし、帰ろうとしたときに雪が降ってきた。二十二年間生きて来て、それが初めて見た雪だった。白くはらはらと儚げに舞うそれは、手のひらの上ですぐに溶けてなくなった。ひたすら雪に手を差し出す私の背後で、くすくすと笑う声が聞こえる。天野だった。
「笑うなよ」
 恥ずかしくなって愛想も何もなしに呟いた。天野はまだおかしそうに笑っていた。
 私は昼間受け取ったメモ紙のことを思い出した。それまでは天野のことなど一切気にしたことが無かったし、教育実習の内容で毎日頭が混乱していて、それどころではなかった。メモ紙も、申し訳ないと思いつつ小さく破って職員室のゴミ箱に捨てた。
「先生って、意外とかわいいところあるんですね」
 天野の声はころころと跳ねるようにして鼓膜に届いた。その声は、私の中にあったひとつのつぼみを開花させるのに十分すぎるほどの湿り気を帯びた、美しい声だった。
 私は天野に近付き右手を伸ばした。大きな両の瞳は不思議そうに私を見つめていたが
「傘入れてくれない? 仲良くなりたいんでしょう?」
 そう言うと顔を真っ赤にして嬉しそうにうなずいた。
 ぼたぼたと傘の上に落ちてくる雪の中を、取りとめのない話をしながら歩いた。天野は東北の出身で、小学生のころまでは毎年雪を見ていたという。
「東北の雪はもっとパサパサしてるんです。こっちの雪はなんか、ベトベトしてるっていうか……」
 傘に落ちる雪の音が異常に大きくて、ほとんど聞き取ることは出来なかった。それでも、天野の耳が異常なくらい赤く染まっているのはよくわかった。寒さのせいか、それとも。
 私たちは海岸に沿って歩いた。海は荒れていたが、ねずみ色の空の中を舞う雪が白い波に飲み込まれていく様は、純粋に綺麗だと思った。
「ちょっと休んでかない? あったかいものおごるよ」
 夏になると海の家が並ぶこの辺りの海岸には、使っていない古い小屋がいくつも建っていた。私は時々その小屋の中で一夜を過ごすことがあった。実家に自分の部屋がなかったということもあるが、それ以外に特に深い意味があるわけでもない。波の音だけが聞こえる、明かりも何もない暗い部屋の中で寝転がっていると、今はもう思い出したくないことや、嫌な記憶から逃げ出すことが出来た。無心になって波が打ち寄せる回数だけを数えていれば、小学生の頃のいじめも、母親の失踪も、祖父の自殺も、すべて無かったことに出来た。
 私たちは潮風に当たり錆びてしまった古い自販機であたたかい缶コーヒーを二本買い、小屋の中に腰を下ろした。
「意外と綺麗でしょ? 寒くないし」
 私がそう言うと天野は、はい、とにこにこしながら答えた。缶コーヒーで意味もなく乾杯をして、私たちはまたどうでも良い話の続きをした。雪が当たらないせいか、先ほどよりも天野の声はよく聞こえた。
「先生、今日はなかなか暗くなりませんね」
 今となっては何がきっかけだったかは分からない。その声がきっかけだったのかも知れない。
 言われてみれば、と小さな窓から外を覗くと、雪はいつの間にか止み、紫色の太陽が海を照らしていた。時計を見ると、午後六時を回ったところだった。
 隣に立ち、同じように窓の外を眺めている天野の耳たぶに触れると、思いのほか冷たかった。天野は驚いた表情で一瞬身じろぎをしたが、すぐにすべてを覚悟したかのような顔でゆっくりと目を閉じた。
 首に巻かれたマフラーを力いっぱい締め上げる。両手が私のコートに触れたが、しばらくすると体は芯を失ったようにだらしなく伸びた。閉じていたはずの目は思いがけない裏切りにより大きく見開き、声にならない声が私の名前を呼んでいた。
 生まれて初めて雪を見た日に、私は初めて人を殺した。雪のせいだった、というのはきっと言い訳として通用するものではないだろう。しかし、雪が降らなければ私はきっと天野を殺すことはなかった。
 マフラーを離すと、天野は大きな音を立てて床に崩れ落ちた。捲くれたスカートから突き出した白い脚に、私は興奮を覚えた。もう二度と動かない天野の上に馬乗りになり、頭のてっぺんから足の先まで執拗ににおいを嗅いだ。首筋を舌で舐め上げると、うっすらと塩味のきいた死人の肌の味がした。まだぬくもりの残る天野の膣内を指で掻き混ぜる。私はその行為だけですぐに射精してしまった。
 いつの間にか辺りは闇に沈み、私はその夜、家に帰らず天野の死体と過ごした。死体を抱きしめて眠り、小屋の中に差し込む朝日で目が覚めた。隣で横になっている天野の死体を見ると、私はまたすぐに欲情した。硬くなり始めた体に無理矢理私自身をねじ込み、射精した。閉じた襞の中から精液が垂れてくるのを見て少しだけ我に返り、脚を閉じ、脱がせた制服を死体の上に被せた。
 前日の昼から何も食べていなかったせいか、無性に腹が減っていた。私は天野を食べることにした。小屋に置かれていた斧で頭部、両腕、両脚を切り落とす。細かく切断したあと、持っていたライターであぶって少しずつ口に含んだ。今まで食べたことのない味が脳内を駆け巡り、飲み込むと胃袋の中で暴れるように熱を持った気がした。
 それから私は長い時間をかけて天野を食べた。腹が膨れても構うことなく、口の中に目一杯突っ込み、咀嚼して飲み下した。
 体を全て食べてしまったあと、頭部はしばらくの間部屋の隅に飾っておいた。
「ただいま」
 そう声を掛ければ
「おかえりなさい」
 と返ってくる気がして、大きく目を見開いたままの天野の頭を何度も撫でた。

 足元に転がっている大木の死体を見ても欲情はしないが、さっき吐いてしまったせいもあるのか腹がぐうと鳴った。あれ以来、私は人の味を覚えてしまった。図工室に行けばのこぎりがあるだろう。子どもの肉はまだ食べたことがない。どんな味がするのだろう。
 私は図工室に向かおうと、教室の扉を開けた。廊下には五年一組の児童の頭が転がっており、半分だけ開いた扉からは血まみれの子どもたちが重なって飛び出していた。
 私は高鳴る胸を抑えきれず、扉の中をのぞいた。五年一組の教室はまさに地獄絵図と呼ぶにふさわしく、首の無い子どもたちが様々な方向を向いて横たわっていた。一歩中に入ると血のにおいで鼻腔がぶるぶると震え、喜びを表現した。
 足元の血だまりをぴちゃぴちゃと踏みしめながら教室を一周する。窓のそばに黒い大きな塊が転がっていた。よく肥えたその塊は、五年一組の担任の山田先生のようだった。背中には私のクラスの大木がしがみついていた。私はしゃがんで大木の頭を撫でる。焦げた髪の毛が指に絡まってぱらぱらと床に落ちた。
 その目線の先に、鎌を持った女子児童の死体が転がっていた。名札を見ると「天野」と書いてある。私は首の無い少女を抱き上げ頭を探した。三年生の時に担任を持っていたから、天野の顔は知っている。それはすぐに見つかった。
 十二年前の天野の顔と少女の顔が、今重なる。私は再び腰を下ろし、天野の服を脱がし始めた。



(2010/12)

 

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2010年12月03日 (Fri)
 めったに雪の降ることのない海のそばのこの町に、はらはらと白い綿毛のようなものが舞い落ちて来たのは、今日のお昼すぎのことでした。ずいぶん冷え込んでいましたし、どんよりとした灰色の空は今にも落ちてきそうで、教室の窓の外を雨よりも大きな、白い塊がふわりふわり舞っているのを見て、これは間違いなく雪であると、私を含むクラスメイトたちは大騒ぎしたものです。
 ちょうど給食が終わったあとの昼休みの時間でした。男の子たちは
「雪だー!」
 と叫びながら外に飛び出して行き、そんな男の子たちを見ながら半ば呆れた顔をしつつも、わくわくと胸の底で小人がスキップを始めたかのような、何とも言えない高揚感に満ちた表情で女の子たちは窓の外を眺めていました。
 最後に雪が降ったのは私が生まれる前だったと、おばあちゃんから聞いたことがあります。太平洋岸に面した、冬でも比較的暖かいこの町に雪が降ることなど、本当に稀なことだったのです。つまり私は生まれて初めて雪を見たということになります。本やテレビなどで見ることはあっても、実際体験したことのないこの状況に、私の心は浮かれていました。空から降るその白い物体が雪であると、誰もが信じて疑わなかったのです。
 昼休みが終わるチャイムが鳴り、男の子たちが教室に戻ってきました。皆、鼻を真っ赤にして興奮気味に雪の感想を述べています。
「冷たかった」
「舐めたら少ししょっぱかった」
「なんかちょっとぬるぬるしてた」
 雪に関する情報といえば、「冷たい」と「白い」しか無かった私たちは、感嘆の声を上げながら男の子たちの話を聞いていました。窓の外の雪は少し勢いを増し、量も少しずつ増えています。
「大木、どこ行った?」
 学級委員長の水嶋くんが、辺りを見回しながら言いました。そういえば、先ほどからクラスで一番のお調子者の大木くんの姿が見えません。雪が降り出したとき、真っ先に校庭に飛び出して行ったのは大木くんです。
「まだ外にいるのかな?」
 水嶋くんが窓の外を見ながら首をかしげました。
「ていうかもう授業始まってる時間だよね? 何で先生は来ないんだろう?」
 私の隣にいたリカちゃんが言いました。リカちゃんはクラスで一番仲の良い女の子です。
 皆で一斉に時計の方を向くと、昼休みが終わるチャイムが鳴ってから十五分ほどが経過していました。廊下に一番近い位置にいたえり子ちゃんが、窓を開けて廊下を覗き込みます。
「他のクラスは授業やってるみたいだけど……。誰かほかの先生に言いに行った方がいいのかな?」
 数人が廊下側の窓の付近に集まりました。好奇心を抑えられない私もついつい窓から廊下に身を乗り出します。隣の五年二組の教室からは、学年主任の桜井先生が国語の教科書を読む声が聞こえていました。
 教室の中が一気にざわめき立つのと同時に、雪もどんどんひどくなって行きます。斜めに吹きすさぶほどの強い雪の模様など、ニュースでしか見たことがありませんでした。
「積もるかな?」
 リカちゃんは今のこの状態を面白がっている様子です。にやにやしながら言いました。私はこのおかしな状況に少しだけ恐怖を感じていたのですが、それを悟られることが何だか恥ずかしく思えて、無理矢理笑顔を作って相槌を打ちました。
 五時間目が終わるチャイムが鳴りました。結局担任の山田先生も大木くんも戻って来ませんでした。
 二組の授業が終わったタイミングを見計らって、水嶋くんとえり子ちゃんは桜井先生を呼びとめるため廊下の外に出ました。教室にいた大半のクラスメイトたちがその姿を見ていました。えり子ちゃんのポニーテールのリボン、水嶋くんの少しだけはねた後ろ髪、二人の身長差はほとんど無いように見えました。
 次の瞬間、先に廊下に出たえり子ちゃんの首から上が無くなっていました。勢いよく飛び散る血しぶきと、えり子ちゃんの頭がごろごろと廊下を転がって行く音。私は何が起こったのかわけが分かりませんでしたが、反射的に隣にいたリカちゃんの手を強く握りました。
 間髪入れる間もなく、水嶋くんのお腹を突き破って何かが教室の中に飛び込んできました。口に何か細長いものをくわえて大きな鎌を持ったそれは、今朝見た山田先生の服装と同じ格好をしていました。水嶋くんはお腹から血と内臓のようなものを垂れ流しながら、ゆっくりとその場に倒れました。
 私たちはパニックに陥り、悲鳴、叫び、泣き声、誰かの怒号、そしてなぜか黒板の上のスピーカーからはジリリリリリというサイレンが鳴り始めて、教室は音の洪水に巻き込まれました。私とリカちゃんは手を握ったまま机の下に逃げ込み、体を小さくしてぎゅっと目をつぶりました。
 目を開けてはいけないと思いました。頭の中でおばあちゃんに教わったお経を唱えながら、今が一体どういう状況なのかもわからずに心臓の鼓動がどくんどくんと速く打つその動きを体の中で感じていました。
 山田先生は教室の中をムササビのように飛び回っているようです。びゅんっという風を切るような音のあとに誰かの叫び声、ごろごろと転がる首の音が聞こえ、次第に皆の声は少なくなっていきました。
「ぎゃっ」
 すぐ近くで声がしたかと思うと、握り合っていたはずのリカちゃんの手の力が弱まり、何かべとべとしたものが顔にたくさんかかりました。口の中に少しだけ入ってきたそれは、鉄の味がしました。
 次は私の番だ。もうクラスメイトの誰も残ってはいないようでした。
 ガタガタと音が聞こえるほどに震えていると、スカートの中が濡れているのに気付きました。どうやら恐怖のあまりおもらしをしてしまったようです。目をつぶってはいましたが、私の足元にはクラスメイトたちの血液と漏らしてしまった尿でびしゃびしゃに濡れているのが分かりました。きっと私はこのまま殺されてしまう。
 そのとき、ずっと鳴り続けていたサイレンの音が止みました。それと同時に、私のまぶたの中に強い光が差し込んで来ました。それは目をかたく閉じていても感じられるほどに強烈な光で、その一瞬だけは意識が少しだけ遠くなりました。
 私の意識がどこかへ放り出されている間、私は様々なことを思い出しました。リカちゃんに貸したままのマンガのこと、一年生のとき大木くんに意地悪をされて泣いていたこと、二学期の初めに死んでしまった飼育小屋のうさぎを死なせたのは私だと疑われたこと、山田先生が授業中に「カーッ」と言って痰を吐くようなしぐさをするのが嫌いだったこと、今朝お母さんと喧嘩したまま謝っていないこと、おばあちゃんが「雪の降る日は良くないことが起こるでねえ」と言っていたこと。
 意識がかえってくるのと同時に私は目を開けてしまいました。窓の外の雪はすっかり止んで、強い太陽の光が教室の中を照らしています。おそるおそる周りを見渡すと、首の無くなったクラスメイトたちが大勢横たわっていました。立ち上がろうにも、足元の血の海に足を取られ、なかなか立つことが出来ませんでした。そう、それは血の海と呼ぶにふさわしいものだったのです。
 窓のそばに山田先生が倒れていました。鎌を持ってはいましたが、全体的に黒く焼け焦げていて、生きてはいないようでした。背中には片腕のない大木くんが山田先生の首に巻きつくようにして乗っかっていました。頭はくっついていましたが、真っ黒に焦げて表情など何も分かりませんでした。
 私は這いつくばるようにして窓のそばまで行くと、太陽に照らされた校庭を眺めました。さっきまで降っていた雪のせいで、校庭はたくさんの水たまりが出来ていました。その水たまりの水はどれも赤く、血だまりのようにも見えました。
 教室の中で、一人生き残ってしまった私は、これからどうすれば良いのでしょう。私は途方に暮れました。そりゃあ私はクラスメイトの皆のことが大嫌いで、みんな死んじゃえばいいのに、って毎日願っていたけれどこれはさすがにやり過ぎじゃあないかな、って、そう思えたら何だか笑えてきました。そして山田先生の握っていた鎌を手に取り、首にあて、思い切り横に引きました。自分の首が飛んで行く感覚、冷たい床の血のにおい。最期の記憶を持って私はみんなのいる世界に旅立ちました。何だかんだ言っても、やっぱり私はクラスメイトのみんなを嫌いにはなれないようです。



(2010/12)

2010年12月02日 (Thu)

 そのベストの模様何て言うんでしたっけ? その菱形の、それ。それ可愛いですよね。何だっけド忘れしちゃったな。私、去年その模様のカーディガン三着も買っちゃいましたよ。ローリーズと、ヘザーと、あとどこだっけな。あ、そうそうユニクロ。ユニクロも最近可愛いの多いし、意外と丈夫なんですよね。制服にはやっぱりカーディガンっていうか、あ、ベストも合いますけど。先生ベスト似合いますよね。シャツとベストの組み合わせ、最高に似合うと思います。やっぱり無地のベストより、その模様のベストが一番似合いますよ。夏は着ないじゃないですか。暑いから。シャツだけでも十分かっこいいんですけど、ベスト着ると五割増しで良く見えます。いや、先生かっこいいですって! 私視力両目1.5ですから。毛穴まで見えてますから。毛穴までイケメンですよ。いやいや別に頭おかしくないですから。笑。先生は年下興味無いですか? 無いですよね。先生熟専って感じするし。年上に可愛がられるタイプですよね。そんなことないですか? ですよね。やっぱり年上ですよね。包容力っていうか。私も年上がいいなあ。先生みたいにベストが似合う人がいい。っていうか先生がいい。先生がいいです。先生が

「問九、宮沢。宮沢、起きてるか?」
「あ、はい、寝てません」
 頭の中は夢でいっぱいだったけど、意識はしっかりしてました。
 先生を眺めることに集中するために、数学の授業の予習は欠かさない。問九の回答は出ている。馬鹿だらけの学校だから授業のスピードは遅いし、勉強すれば何でも解けるのだ。第一志望の高校に落ちた時は布団から出られないほど落ち込んだものだけど、入学式で先生の姿を見つけた時、落ちて良かった、って思った。
 黒板の前に立ち、チョークの粉を気にしながら問題を解いていく。教卓に立つ先生の背中は真後ろにある。指が震える。
「先生、わかんなーい!」
「あーもうお前寝てただろ。ちゃんと聞いとけって俺はあれほど」
 茶色い頭をした女子の甘い声に応答する先生の声はどこか嬉しそうで、面倒臭そうで、でもきっと口角は上がっていて、私には絶対に見せないだらしない顔をしているのだろう。すぐ後ろにいるのに、私と先生の間には成層圏を突き抜けてしまうほど高い壁が存在している。
 粉をはらって席に戻ると、回答の間違いに気付いた。答え合わせは始まっている。しまった、しくじった。
「お、宮沢、今日は珍しく間違えたな」
 予想を覆すように、先生の口元が少し上がった。気がした。気がしただけだけど、壁はエベレストくらいの高さまで下がった。エベレストなら、頑張れば越えられるかも知れない。
 私の回答を直すと、ベストの模様が歪んだ。いびつな菱形はハートに見える。かなり無理矢理。
「今日解けなかったやつ放課後残れよ」
 菱形が元に戻るとチャイムが鳴った。先生の後ろ姿を眺めながら、私は「次は甘い声を攻略」と頭の中にメモをする。


(2010/9)

 

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プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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