忍者ブログ
2024.05│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
世界の終わり。
2024年05月01日 (Wed)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2010年12月17日 (Fri)
 今日、テレビ局の人が家に来た。毎週土曜日、朝九時四十五分から放送している『幸せ家族ライフ』という十五分の番組に、私の家が紹介されることになったからだ。健康食品の会社が提供しているその番組は、この地域の家族を毎週ひと組取り上げて家族自慢をする、という内容のものだった。
 テレビ局の人はニコニコ笑いながら
「良いおうちですねえ」
 とお母さんに言い、お母さんも普段は滅多に見せない笑顔を浮かべて
「ええ、まあ」
 と答えた。「ねえお父さん」なんて実際には私と血が繋がっていない三軒隣の宮川さんに笑いかけ、宮川さんもニタニタ気色の悪い表情を顔面に張り付けて
「ええ」
 と笑っていた。
 妹の美穂は、お風呂場に閉じ込められたまま一昨日から出て来ない。私は宮川さんに連れられて初めて銭湯に行ったけれど、知らないおじさんたちに体中をじろじろと見られてとても恥ずかしかった。中には
「可愛いねえ、お嬢ちゃん」
 なんてべたべたとお尻を触ってくる人もいた。舌を噛み切ってこの場で死んでしまったらみんなびっくりするかな、なんてこと思いながら、私はただ宮川さんの言うことを聞いて、黙ってお風呂に浸かっていた。
 テレビ局の人は一人だけだった。ハンディカムを持って家の中を撮影し、何だかやたらとお母さんを褒めちぎっていた。その顔がとても気持ち悪かった。吐き気を催した私がトイレに駆け込むと
「すみませぇん、この子ちょっと今日体調悪くて」
 とお母さんが謝っているのが後方で聞こえた。その声のどこにも謝罪の念はこもっていないようだった。
 最後の食事が昨日の給食だったから、丸一日以上何も食べていないことになる。当然、吐き気はすれど黄色い胃液しか出て来なくて、のどの奥が焼けつくようにひりひりした。リビングからお母さんと宮川さん、テレビ局の人の笑い声が聞こえる。何がおかしいのだろう。何に対して笑っているのだろう。頭の奥の方がぼーっとして、便器に顔をうずめたまま起き上がれなくなってしまった。
 どれくらい時間が経ったのか、私の名前を呼ぶ声で目が覚めた。ゆっくりと顔をあげると、一年くらい前から行方不明になっているおばあちゃんがトイレのドアを開けてこちらを見ていた。
「まゆみ、もう大丈夫やで」
 おばあちゃんは血の付いた斧を右手に持っていて、いつも着ていた白いかっぽう着は赤黒く染まっている。
「おばあちゃん、今までどこに行ってたん?」
「まあまあ、そんな話は後でええがな。おばあちゃんと一緒においで。美穂ちゃんもな」
 トイレとお風呂場を繋ぐ洗面所で、ぺたんと座りこんでいる美穂の姿が赤いかっぽう着の後ろに見えた。美穂の目はうつろで、体は衰弱しきっているようだったけれど、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「おばあちゃん、その斧は何?」
 ふらふらになりながらもおばあちゃんの手を借りて立ち上がった。腰の曲がったおばあちゃんの目線は、私の目線とほとんど同じ高さだ。右手に持った斧を得意げに持ち上げると、
「ちょっと虫を潰してきただけや」
 おばあちゃんはにやっと笑った。
「さすがおばあちゃんや!」
 美穂は座ったままぱちぱちと拍手をした。血のにおいが充満する洗面所で、気分は徐々に高揚し始める。おばあちゃんは私に斧を渡し、よっこらせ、と言いながら美穂をおんぶすると、音のしない、薄暗い廊下を歩き始めた。
 リビングの入り口で、裸の男の人が倒れていた。顔はぐちゃぐちゃで誰なのか分からない。宮川さんかテレビ局の人のどちらかだろう。おばあちゃんは鼻歌を歌いながら
「久し振りに腰を伸ばしたら気持ちええなあ、やっぱり天袋は狭いわ」
 と言った。私はこっそりリビングに入ると、素っ裸で寝転がっているお母さんの横に立って思い切り斧を振り上げた。お母さんの脚の間には、これまた素っ裸の男の人が突き刺さっていた。子どもの力でも腕くらいなら切り落とせるようだ。何度も何度も斧を落とし、お母さんを壊していった。
「はっはっは、まゆみは強いなあ」
 おばあちゃんの声がして我に返ると、体中が血まみれでびっくりした。その拍子に床に出来た血だまりで滑って腰をつくと、美穂がケタケタと声を上げて笑った。美穂の笑い声を聞いたのも久しぶりだった。
「おばあちゃん、これからどこ行くん?」
 小さな声で美穂が聞いた。
「さあなあ、ゆっくり寝れるとこがええな。まあ、どうにかなるやろ」
 玄関を開け、門をくぐると、私はおばあちゃんのかっぽう着の端っこをつかんで歩いた。夜風がひんやり気持ち良かった。




(2010/12)
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
←No.50No.49No.48No.47No.46No.45No.44No.43No.42No.41
最新コメント
[06/27 骨川]
[05/22 くろーむ]
プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


ブログ内検索
最古記事