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世界の終わり。
2024年05月21日 (Tue)
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2010年12月02日 (Thu)

 そのベストの模様何て言うんでしたっけ? その菱形の、それ。それ可愛いですよね。何だっけド忘れしちゃったな。私、去年その模様のカーディガン三着も買っちゃいましたよ。ローリーズと、ヘザーと、あとどこだっけな。あ、そうそうユニクロ。ユニクロも最近可愛いの多いし、意外と丈夫なんですよね。制服にはやっぱりカーディガンっていうか、あ、ベストも合いますけど。先生ベスト似合いますよね。シャツとベストの組み合わせ、最高に似合うと思います。やっぱり無地のベストより、その模様のベストが一番似合いますよ。夏は着ないじゃないですか。暑いから。シャツだけでも十分かっこいいんですけど、ベスト着ると五割増しで良く見えます。いや、先生かっこいいですって! 私視力両目1.5ですから。毛穴まで見えてますから。毛穴までイケメンですよ。いやいや別に頭おかしくないですから。笑。先生は年下興味無いですか? 無いですよね。先生熟専って感じするし。年上に可愛がられるタイプですよね。そんなことないですか? ですよね。やっぱり年上ですよね。包容力っていうか。私も年上がいいなあ。先生みたいにベストが似合う人がいい。っていうか先生がいい。先生がいいです。先生が

「問九、宮沢。宮沢、起きてるか?」
「あ、はい、寝てません」
 頭の中は夢でいっぱいだったけど、意識はしっかりしてました。
 先生を眺めることに集中するために、数学の授業の予習は欠かさない。問九の回答は出ている。馬鹿だらけの学校だから授業のスピードは遅いし、勉強すれば何でも解けるのだ。第一志望の高校に落ちた時は布団から出られないほど落ち込んだものだけど、入学式で先生の姿を見つけた時、落ちて良かった、って思った。
 黒板の前に立ち、チョークの粉を気にしながら問題を解いていく。教卓に立つ先生の背中は真後ろにある。指が震える。
「先生、わかんなーい!」
「あーもうお前寝てただろ。ちゃんと聞いとけって俺はあれほど」
 茶色い頭をした女子の甘い声に応答する先生の声はどこか嬉しそうで、面倒臭そうで、でもきっと口角は上がっていて、私には絶対に見せないだらしない顔をしているのだろう。すぐ後ろにいるのに、私と先生の間には成層圏を突き抜けてしまうほど高い壁が存在している。
 粉をはらって席に戻ると、回答の間違いに気付いた。答え合わせは始まっている。しまった、しくじった。
「お、宮沢、今日は珍しく間違えたな」
 予想を覆すように、先生の口元が少し上がった。気がした。気がしただけだけど、壁はエベレストくらいの高さまで下がった。エベレストなら、頑張れば越えられるかも知れない。
 私の回答を直すと、ベストの模様が歪んだ。いびつな菱形はハートに見える。かなり無理矢理。
「今日解けなかったやつ放課後残れよ」
 菱形が元に戻るとチャイムが鳴った。先生の後ろ姿を眺めながら、私は「次は甘い声を攻略」と頭の中にメモをする。


(2010/9)

 

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2010年12月02日 (Thu)

 飴色に染まった部屋に、小さく雨音が響く。夕立? 窓際に立ちカーテンを開けても、雨の粒は見えない。いつしか耳の中から雨音も消えていることに気付く。
 ああ、またか。
 心臓を打つ音がどんどん早くなって、私はその場に座り込む。ばらばらばらばら。激しい雨音が脳内を駆け巡って、あの日に戻ってしまう。
 あの日、彼と出会った日は激しい雨が降っていた。彼と会う日はいつも雨が降っていた。
「絶望的なくらい雨男だから」
 そううっすらと笑った彼の顔が今でも焼き付いて離れない。

 彼は私を乱暴に抱いた。痕がつくほどに手足を縛ったり、首を絞めたりすることもしょっちゅうだった。そしてそれと同程度のことを彼自身も望んだ。私はカッターで彼の白いお腹に傷を付け、ぽつぽつと浮き上った赤い血を舐めた。舌を這わすたびに小さく喘ぐ彼の声は、静かな雨音の中に溶けた。
 いつか殺されてしまうかも知れないという恐怖を抱きながらのセックスは、頭の中に渦まく余計な思考を取り除いてくれた。彼になら殺されてもいいと、本気で思っていた。私を抱くたびに
「僕が死んだら悲しい?」
 と訊ねる彼の目に私の姿が映っていなくても、私を求めてくれるだけで幸せだった。

 しばらくしてまた雨音が聞こえた。ぬるい風を送り込んでくる窓に近づくと、大きな雨粒が網戸に体当たりしているのが見えた。勢いよく窓を閉め、私はまた座り込む。
 雨が降っても降らなくても、私の頭の中から彼が消えることはない。いっそのこと殺してくれれば良かったのに。一緒に死んでくれれば良かったのに。

 彼女がいることは知っていたし、最初からそれを承知で私は彼に抱かれた。
「彼女とはもうずっとセックスはしてないんだ」
 その言葉を信じた。それが嘘だろうと構わなかった。私にしてくれることのすべてが嬉しかった。それだけで彼を独占出来た気になっていた私はただの馬鹿だったのだと思う。

 彼女が私と同じ学校に通う子だと知ったのは、つい最近のことだった。学校の前で待っていた彼は、私を見つけると目をそらした。そして逃げるように私の横をすり抜け、すぐ後ろを歩いていた彼女の手を取り歩き出した。
 私よりもずっとずっと不細工で、手も脚も丸太みたいで、洋服のセンスもちぐはぐで、それでも彼女は彼に愛されていた。私の知らない彼を知っていた。

「もう会えない。彼女が妊娠したんだ」
 二度と明けない夜に突き落とされた気分だった。彼は私じゃなく彼女を選んだ。当たり前だ。彼は私のものじゃない。
 彼女とこれからどうするのだろう。結婚して幸せな家庭を築くとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な。幸せになれるはずがない。ないんだ。

 私は彼のアドレスを消し、受信できないよう設定した。それでも彼との記憶が消えることはなくて、私はひたすら雨音に乱されるしかない。心が、体が、どんどん現実から離れていく。
 夏が終わろうとしている。雨音はまだ止まない。


(2010/7)
 

2010年07月30日 (Fri)

 「超暑い。まじ暑くて死ぬっつーの」
 赤い透明の下敷きを両手で挟み、顔の前でぼよんぼよんと鳴らしながら春菜は吐き捨てるように言った。カーテンの隙間から流れ込む風はすべからく熱風で、体温の上昇と引き換えにやる気と気力と体力を奪って行く。
「あー、早く夏休み入んないかな。だる過ぎだよ」
 スカートの裾を持ってパタパタと仰ぐ美月は、こめかみから汗を滴らせて嘆く。夏休みまであと一週間。あと一週間も学校に来なければならないのだ。
「溶けるー」
 相槌を打つ私は机に突っ伏し、春菜の下敷きを見上げながら、血の海みたいだな、と思う。血の海の水面が波立っているみたい。
「ねえ」
 下敷きを机の上に置いた春菜が、小さな声で提案する。
「屋上行く? 先輩に開け方教えてもらっちゃった」
「早く言えよー」
 私と美月は春菜を責めるように小突いた。心がざわめきだす。屋上で、給水塔の下の日陰に寝転がって空を眺めたら気持ちがいいだろうなあ、って。

 昼休み、雑音と笑い声と誰かの噂話が飛び交う教室を飛び出して、私たちは屋上に続く階段を上った。何年か前に飛び降り自殺した生徒が出てから、ずっと鍵が掛かったままの屋上。それを春菜は易々と開けてみせた。
「おー、すごーい」
 私と美月ははしゃぎながら春菜の後に続く。開かれた扉の向こうには雲一つない真っ青な空、コンクリート打ちっぱなしの足元は、熱せられた鉄板のように陽炎が立ち上る。
「日陰無いじゃん」
「超暑いんだけど」
「やべー、これは焼け死ぬ!」
 そう口々に嘆きながらも、好奇心を抑えることは出来なかった。探索をするように、コンクリートの上に散らばる私たち。じりじりと焼けつく日差しの下で、白いセーラー服は光って見える。
「あっ」
 美月がそう言った瞬間、手すりにもたれて校舎を見下ろしていた春菜が消えた。夏の陽炎の引力に導かれるように、手すりの向こう側へ飛んでしまった。
「ええええええ」
 私と美月が恐る恐る下をのぞくと、頭から赤と茶色のどろどろしたものを飛び出させた春菜が横たわっていた。まだ誰も気付いていない。
「どうしよう……春菜死んだの?」
 横を向くと、美月が今にも手すりを飛び越えようとしているところだった。
「アーイキャーンフラーイ!!!」
 美月は笑いながら落ちて行った。春菜の体の隣に着地する瞬間も、同時に頭から色々出て来る瞬間も、左足が有り得ない方向に曲がる瞬間も、全部見てしまった。
「ええええええ」
 二人の血液はとろとろと混ざり合いながら側溝の方に流れて行く。二つの死体に気付いた一部の生徒たちが、悲鳴を上げて騒ぎ出す。学校中がパニックに包まれて行く。

 熱を持った風が頬に当たり、上気させた体がふわっと宙に浮いた。落ちる。そう覚悟したのに、私の体は浮いたままだった。
「ええええええ」
 ばたばたと手足を動かしたら何故か前に進んだ。真ん丸い太陽の下、私はそのまま、空を飛んだまま家に帰った。



(2010/7)
 

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プロフィール
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原発牛乳
年齢:
39
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女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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