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世界の終わり。
2024年05月01日 (Wed)
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2010年12月02日 (Thu)

 飴色に染まった部屋に、小さく雨音が響く。夕立? 窓際に立ちカーテンを開けても、雨の粒は見えない。いつしか耳の中から雨音も消えていることに気付く。
 ああ、またか。
 心臓を打つ音がどんどん早くなって、私はその場に座り込む。ばらばらばらばら。激しい雨音が脳内を駆け巡って、あの日に戻ってしまう。
 あの日、彼と出会った日は激しい雨が降っていた。彼と会う日はいつも雨が降っていた。
「絶望的なくらい雨男だから」
 そううっすらと笑った彼の顔が今でも焼き付いて離れない。

 彼は私を乱暴に抱いた。痕がつくほどに手足を縛ったり、首を絞めたりすることもしょっちゅうだった。そしてそれと同程度のことを彼自身も望んだ。私はカッターで彼の白いお腹に傷を付け、ぽつぽつと浮き上った赤い血を舐めた。舌を這わすたびに小さく喘ぐ彼の声は、静かな雨音の中に溶けた。
 いつか殺されてしまうかも知れないという恐怖を抱きながらのセックスは、頭の中に渦まく余計な思考を取り除いてくれた。彼になら殺されてもいいと、本気で思っていた。私を抱くたびに
「僕が死んだら悲しい?」
 と訊ねる彼の目に私の姿が映っていなくても、私を求めてくれるだけで幸せだった。

 しばらくしてまた雨音が聞こえた。ぬるい風を送り込んでくる窓に近づくと、大きな雨粒が網戸に体当たりしているのが見えた。勢いよく窓を閉め、私はまた座り込む。
 雨が降っても降らなくても、私の頭の中から彼が消えることはない。いっそのこと殺してくれれば良かったのに。一緒に死んでくれれば良かったのに。

 彼女がいることは知っていたし、最初からそれを承知で私は彼に抱かれた。
「彼女とはもうずっとセックスはしてないんだ」
 その言葉を信じた。それが嘘だろうと構わなかった。私にしてくれることのすべてが嬉しかった。それだけで彼を独占出来た気になっていた私はただの馬鹿だったのだと思う。

 彼女が私と同じ学校に通う子だと知ったのは、つい最近のことだった。学校の前で待っていた彼は、私を見つけると目をそらした。そして逃げるように私の横をすり抜け、すぐ後ろを歩いていた彼女の手を取り歩き出した。
 私よりもずっとずっと不細工で、手も脚も丸太みたいで、洋服のセンスもちぐはぐで、それでも彼女は彼に愛されていた。私の知らない彼を知っていた。

「もう会えない。彼女が妊娠したんだ」
 二度と明けない夜に突き落とされた気分だった。彼は私じゃなく彼女を選んだ。当たり前だ。彼は私のものじゃない。
 彼女とこれからどうするのだろう。結婚して幸せな家庭を築くとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な。幸せになれるはずがない。ないんだ。

 私は彼のアドレスを消し、受信できないよう設定した。それでも彼との記憶が消えることはなくて、私はひたすら雨音に乱されるしかない。心が、体が、どんどん現実から離れていく。
 夏が終わろうとしている。雨音はまだ止まない。


(2010/7)
 

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2010年07月30日 (Fri)

 「超暑い。まじ暑くて死ぬっつーの」
 赤い透明の下敷きを両手で挟み、顔の前でぼよんぼよんと鳴らしながら春菜は吐き捨てるように言った。カーテンの隙間から流れ込む風はすべからく熱風で、体温の上昇と引き換えにやる気と気力と体力を奪って行く。
「あー、早く夏休み入んないかな。だる過ぎだよ」
 スカートの裾を持ってパタパタと仰ぐ美月は、こめかみから汗を滴らせて嘆く。夏休みまであと一週間。あと一週間も学校に来なければならないのだ。
「溶けるー」
 相槌を打つ私は机に突っ伏し、春菜の下敷きを見上げながら、血の海みたいだな、と思う。血の海の水面が波立っているみたい。
「ねえ」
 下敷きを机の上に置いた春菜が、小さな声で提案する。
「屋上行く? 先輩に開け方教えてもらっちゃった」
「早く言えよー」
 私と美月は春菜を責めるように小突いた。心がざわめきだす。屋上で、給水塔の下の日陰に寝転がって空を眺めたら気持ちがいいだろうなあ、って。

 昼休み、雑音と笑い声と誰かの噂話が飛び交う教室を飛び出して、私たちは屋上に続く階段を上った。何年か前に飛び降り自殺した生徒が出てから、ずっと鍵が掛かったままの屋上。それを春菜は易々と開けてみせた。
「おー、すごーい」
 私と美月ははしゃぎながら春菜の後に続く。開かれた扉の向こうには雲一つない真っ青な空、コンクリート打ちっぱなしの足元は、熱せられた鉄板のように陽炎が立ち上る。
「日陰無いじゃん」
「超暑いんだけど」
「やべー、これは焼け死ぬ!」
 そう口々に嘆きながらも、好奇心を抑えることは出来なかった。探索をするように、コンクリートの上に散らばる私たち。じりじりと焼けつく日差しの下で、白いセーラー服は光って見える。
「あっ」
 美月がそう言った瞬間、手すりにもたれて校舎を見下ろしていた春菜が消えた。夏の陽炎の引力に導かれるように、手すりの向こう側へ飛んでしまった。
「ええええええ」
 私と美月が恐る恐る下をのぞくと、頭から赤と茶色のどろどろしたものを飛び出させた春菜が横たわっていた。まだ誰も気付いていない。
「どうしよう……春菜死んだの?」
 横を向くと、美月が今にも手すりを飛び越えようとしているところだった。
「アーイキャーンフラーイ!!!」
 美月は笑いながら落ちて行った。春菜の体の隣に着地する瞬間も、同時に頭から色々出て来る瞬間も、左足が有り得ない方向に曲がる瞬間も、全部見てしまった。
「ええええええ」
 二人の血液はとろとろと混ざり合いながら側溝の方に流れて行く。二つの死体に気付いた一部の生徒たちが、悲鳴を上げて騒ぎ出す。学校中がパニックに包まれて行く。

 熱を持った風が頬に当たり、上気させた体がふわっと宙に浮いた。落ちる。そう覚悟したのに、私の体は浮いたままだった。
「ええええええ」
 ばたばたと手足を動かしたら何故か前に進んだ。真ん丸い太陽の下、私はそのまま、空を飛んだまま家に帰った。



(2010/7)
 

2010年07月30日 (Fri)
 少女を見つけたのは本当に偶然だったと思う。
 真っ赤な夕焼けが辺り一帯を薄桃色に染めた夏休み初日、塾の帰りに空を見上げた。僕が住む巨大な団地群の隙間からのぞく赤い空は、昨日食べたすももの皮と同じ色をしていた。視界の中に、七号棟があった。その十一階、つまり最上階の一番端の部屋のベランダから、手を振っている少女がいた。
 最初は見間違いだと思った。周りにはまだ沢山の人がいたし、僕は十一階に知り合いなんていない。赤いワンピースを着た少女は、次第に両手を手招きするように前後に振り始めた。僕は呆気に取られたまま動けなくなり、午後七時を知らせる夕焼けこやけのメロディで我に返った。
 夕食の時間が近付いている。でも、このまま帰ってしまえば心残りが出来ることは明らかだった。あの十一階の少女の姿を確かめたい。何なんだあいつは。
 僕の足は七号棟に向かう。僕の住む十四号棟はもっと奥にあるし、家は四階なので、十一階という未知の世界を見てみたいという純粋な好奇心もあった。少女を見つけられなければ、黙って家に帰ればいいのだ。僕はどきどきしながら「11」と書かれたボタンを押した。
 エレベーターを降りると、赤いワンピースを着た少女が廊下に寝そべっていた。年は僕より少し下、十歳くらいだろうか。四階では感じられない横風が、汗ばんだ体に気持ち良かった。
「何してるの?」
 恐る恐る声を掛けると、少女は動かないまま何かを呟いた。え? 僕は聞き返し、少女の隣に座り込む。
「再起動してるの。ちょっと待ってて」
 サイキドウシテルノ。言葉の意味を理解する前に少女はがばりと起き上がり、僕の首に巻きついてきた。
「再起動完了した」
「よ、よかった……ね」
 真夏なのに長袖のワンピースを着た少女は汗ひとつかかず、さらさらの髪の毛からはシャンプーの匂いがした。
「さっき夕焼け見てたでしょ。ここから見るともっと綺麗だよ」
 耳元で少女の声が揺れる。小さな手が指差した方向に目をやると、大きな太陽が眩しかった。
「すごい……」
 ゆっくりと、確実に太陽が沈んで行く。団地に、学校に、街の上に落ちて行く。すごい、以外の言葉が出て来ない。
 少女は猫のように何度も僕の首に自分の頭を押し当て、綺麗でしょ、すごいでしょ、と呟いた。そして太陽が完全に沈んでしまうと、僕の体からようやく離れた。
「二年に一回しかないから、ああいうのは」
 妙に大人びた口調で少女は言う。圧倒されたままの僕は、上手く回らない頭を下に振る。
「だからまた、二年後に見に来てね」
 そう言うと少女はするすると小さくなり、見えなくなってしまった。少女がいた場所にはぴかぴかと光る、薄いカードのようなものが落ちている。表面にはデジタルの画面があり、そこには数字が並んでいた。一秒ごとにその数字は減っていく。
 二年後、二年後、二年後。僕はカードをポケットに入れ、そう呟きながらエレベーターで地上に降りた。



(2010/7)
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プロフィール
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原発牛乳
年齢:
39
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女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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