飴色に染まった部屋に、小さく雨音が響く。夕立? 窓際に立ちカーテンを開けても、雨の粒は見えない。いつしか耳の中から雨音も消えていることに気付く。
ああ、またか。
心臓を打つ音がどんどん早くなって、私はその場に座り込む。ばらばらばらばら。激しい雨音が脳内を駆け巡って、あの日に戻ってしまう。
あの日、彼と出会った日は激しい雨が降っていた。彼と会う日はいつも雨が降っていた。
「絶望的なくらい雨男だから」
そううっすらと笑った彼の顔が今でも焼き付いて離れない。
彼は私を乱暴に抱いた。痕がつくほどに手足を縛ったり、首を絞めたりすることもしょっちゅうだった。そしてそれと同程度のことを彼自身も望んだ。私はカッターで彼の白いお腹に傷を付け、ぽつぽつと浮き上った赤い血を舐めた。舌を這わすたびに小さく喘ぐ彼の声は、静かな雨音の中に溶けた。
いつか殺されてしまうかも知れないという恐怖を抱きながらのセックスは、頭の中に渦まく余計な思考を取り除いてくれた。彼になら殺されてもいいと、本気で思っていた。私を抱くたびに
「僕が死んだら悲しい?」
と訊ねる彼の目に私の姿が映っていなくても、私を求めてくれるだけで幸せだった。
しばらくしてまた雨音が聞こえた。ぬるい風を送り込んでくる窓に近づくと、大きな雨粒が網戸に体当たりしているのが見えた。勢いよく窓を閉め、私はまた座り込む。
雨が降っても降らなくても、私の頭の中から彼が消えることはない。いっそのこと殺してくれれば良かったのに。一緒に死んでくれれば良かったのに。
彼女がいることは知っていたし、最初からそれを承知で私は彼に抱かれた。
「彼女とはもうずっとセックスはしてないんだ」
その言葉を信じた。それが嘘だろうと構わなかった。私にしてくれることのすべてが嬉しかった。それだけで彼を独占出来た気になっていた私はただの馬鹿だったのだと思う。
彼女が私と同じ学校に通う子だと知ったのは、つい最近のことだった。学校の前で待っていた彼は、私を見つけると目をそらした。そして逃げるように私の横をすり抜け、すぐ後ろを歩いていた彼女の手を取り歩き出した。
私よりもずっとずっと不細工で、手も脚も丸太みたいで、洋服のセンスもちぐはぐで、それでも彼女は彼に愛されていた。私の知らない彼を知っていた。
「もう会えない。彼女が妊娠したんだ」
二度と明けない夜に突き落とされた気分だった。彼は私じゃなく彼女を選んだ。当たり前だ。彼は私のものじゃない。
彼女とこれからどうするのだろう。結婚して幸せな家庭を築くとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な。幸せになれるはずがない。ないんだ。
私は彼のアドレスを消し、受信できないよう設定した。それでも彼との記憶が消えることはなくて、私はひたすら雨音に乱されるしかない。心が、体が、どんどん現実から離れていく。
夏が終わろうとしている。雨音はまだ止まない。
(2010/7)
ただのメモです。