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世界の終わり。
2024年05月01日 (Wed)
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2010年12月20日 (Mon)
 電光掲示板の表示が消えた。僕と彼女は顔を見合わせ、
「終わったね」
 と同時に呟いた。彼女の顔は呆けたようにぼんやりと表情が無く、これから先のことを考えているのか、それとも何も考えていないのか、読み取ることは不可能だった。
「行かなきゃ、ね」
 僕が言うと、彼女の細い指先が僕の手のひらに食い込んだ。行きたくない。そう言いたがっているのはよく分かった。でも彼女はうつむいてこくりとうなずいた。その動作はコマ送りにした写真のようにゆるやかでぎこちなく、全身から悲しみのオーラが滲み出ていた。
「じゃあ、行く」
 聞き取れるか聞き取れないかギリギリの、小さな小さな声で彼女は言った。僕の顔を見ようとはせず、茶色いブーツの爪先をずっと見ていた。
「ありがとう、もう大丈夫です」
 僕の手を離した彼女は抑揚の無い声でそう言うと、何も言わずにただこっくりこっくりと何度か首を縦に振った。不自然な敬語と涙を堪えてうなずく動作は強がりな彼女の最後の合図だと僕は知っていたけれど、僕にはもうどうすることも出来なかった。

 彼女は、地球から遥か遠く離れたある星からやって来た。地球に滞在出来る時間は十八時間と決まっていて、これから百八十年かけて自分の星に帰る。彼女が住む星の住人の平均寿命は五百歳程度らしいけれど、彼女が自分の星に着いた頃にはもう生きているかどうかも分からない。もちろん僕は彼女よりずっと早く死を迎える。次に産まれてくる時は、せめて同じ星に生まれることを願うだけだ。
 彼女は十八時間の間僕のそばを離れず、何度も何度も「好き」という言葉を僕に投げた。元来極度の恥ずかしがり屋で、今まで付き合った女の子たちにもろくに「好き」だなんて言ったことのない僕も、この時ばかりはと何度も彼女の言葉に応えた。
「僕も好きだよ」
「大好きだよ」
「愛してるよ」
「ずっと一緒にいたいね」
「ずっとずっと忘れないよ」
 今までの僕なら絶対に言えなかった言葉たちが、彼女を前にするとごく自然に飛び出してきた。彼女は僕の言葉を受け取ると恥ずかしそうに顔を赤らめ、僕の体に触れてキスをせがんだ。その仕草がとても愛しくて、僕は幾度となくこぼれ落ちようとする涙を必死で堪えた。せっかくの貴重な時間を涙で汚すことはしたくなかった。

 彼女の体には穴があった。その星に住む人間の特性らしくお腹の部分がぽっかりとドーナツみたいに丸い穴が開いていた。穴の大きさは直径五センチほどだろうか。屈んで穴を覗き込むと向こう側が見えた。彼女にとってそれはとても恥ずかしいことであるらしく、全身を真っ赤っかにして首を横に振った。僕はそんな彼女に欲情し、体中に口をつけた。
 彼女が地球に来た目的は繁殖のためだった。地球人との子どもを産み育てることは、彼女の星ではとても名誉なことであるらしい。僕はただの種馬でしかなかった。でもこんなにも可愛いらしく愛しい彼女との間に子どもを残すことが出来て、遠い遠い星で僕の遺伝子が生き続けるということは、SFマニアの僕にはたまらないことだった。

 耳元でごうごうと風の音が聞こえた。旅立ちの合図だ。彼女がポケットから取り出した小さな塊はあっという間に膨らみ、僕の実家の一軒家くらいの大きさになった。彼女はこれに乗って帰るのだ。
「またね」
 彼女は最後に僕の顔を見ると、無理矢理笑顔を作って見せた。その顔から目玉が落ち、僕の手の上に落ちた。彼女の体はどんどん溶け始め、やって来た時と同じようなどろどろの半固体状になってしまった。それでも真ん中に開いた穴だけはそのままで、僕が覗き込むと、青かった彼女の体は赤く染まった。
「ありがとう、またね」
 僕がそう言うと、彼女の体は大きく上下に動き、僕の足元には一瞬にして大きな水たまりが出来た。

 彼女が帰ってしまうと、僕はまた元の生活に戻った。大学で眠くなる授業を受け、居酒屋でアルバイトをし、可愛い彼女も出来た。
 十八時間の彼女のことは夢だったのではないのかと、未だに思ってしまう。でも、机の隅に置いた彼女の目玉が時々ぎょろりと動くのを見て、彼女のことを思い出す。そして僕の遺伝子を持った異星の子どものことも。

「あのな、私な…」
 新しい彼女の裸を見て、僕は目を疑った。信じられないことに、彼女は乳房が八つあった。それぞれの大きさはBカップくらいしかなかったけれど、恥骨の隣に付いた乳房を前にすると妙に興奮した。
「私、ずっと黙ってたけど、実は人間じゃないねん。化け猫なんよ。君よりずっと長く生きてる。ごめんな、嫌いになった……?」
 僕は首を横に振り、彼女の体を強く抱きしめた。その拍子に飛び出した二つの耳を舐めると、彼女は猫みたいな声で喘いだ。八つの乳房を愛撫しながら、次に生まれてくる時はせめて人間に好かれたいと思った。



(2010/11)

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2010年12月17日 (Fri)
 今日、テレビ局の人が家に来た。毎週土曜日、朝九時四十五分から放送している『幸せ家族ライフ』という十五分の番組に、私の家が紹介されることになったからだ。健康食品の会社が提供しているその番組は、この地域の家族を毎週ひと組取り上げて家族自慢をする、という内容のものだった。
 テレビ局の人はニコニコ笑いながら
「良いおうちですねえ」
 とお母さんに言い、お母さんも普段は滅多に見せない笑顔を浮かべて
「ええ、まあ」
 と答えた。「ねえお父さん」なんて実際には私と血が繋がっていない三軒隣の宮川さんに笑いかけ、宮川さんもニタニタ気色の悪い表情を顔面に張り付けて
「ええ」
 と笑っていた。
 妹の美穂は、お風呂場に閉じ込められたまま一昨日から出て来ない。私は宮川さんに連れられて初めて銭湯に行ったけれど、知らないおじさんたちに体中をじろじろと見られてとても恥ずかしかった。中には
「可愛いねえ、お嬢ちゃん」
 なんてべたべたとお尻を触ってくる人もいた。舌を噛み切ってこの場で死んでしまったらみんなびっくりするかな、なんてこと思いながら、私はただ宮川さんの言うことを聞いて、黙ってお風呂に浸かっていた。
 テレビ局の人は一人だけだった。ハンディカムを持って家の中を撮影し、何だかやたらとお母さんを褒めちぎっていた。その顔がとても気持ち悪かった。吐き気を催した私がトイレに駆け込むと
「すみませぇん、この子ちょっと今日体調悪くて」
 とお母さんが謝っているのが後方で聞こえた。その声のどこにも謝罪の念はこもっていないようだった。
 最後の食事が昨日の給食だったから、丸一日以上何も食べていないことになる。当然、吐き気はすれど黄色い胃液しか出て来なくて、のどの奥が焼けつくようにひりひりした。リビングからお母さんと宮川さん、テレビ局の人の笑い声が聞こえる。何がおかしいのだろう。何に対して笑っているのだろう。頭の奥の方がぼーっとして、便器に顔をうずめたまま起き上がれなくなってしまった。
 どれくらい時間が経ったのか、私の名前を呼ぶ声で目が覚めた。ゆっくりと顔をあげると、一年くらい前から行方不明になっているおばあちゃんがトイレのドアを開けてこちらを見ていた。
「まゆみ、もう大丈夫やで」
 おばあちゃんは血の付いた斧を右手に持っていて、いつも着ていた白いかっぽう着は赤黒く染まっている。
「おばあちゃん、今までどこに行ってたん?」
「まあまあ、そんな話は後でええがな。おばあちゃんと一緒においで。美穂ちゃんもな」
 トイレとお風呂場を繋ぐ洗面所で、ぺたんと座りこんでいる美穂の姿が赤いかっぽう着の後ろに見えた。美穂の目はうつろで、体は衰弱しきっているようだったけれど、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「おばあちゃん、その斧は何?」
 ふらふらになりながらもおばあちゃんの手を借りて立ち上がった。腰の曲がったおばあちゃんの目線は、私の目線とほとんど同じ高さだ。右手に持った斧を得意げに持ち上げると、
「ちょっと虫を潰してきただけや」
 おばあちゃんはにやっと笑った。
「さすがおばあちゃんや!」
 美穂は座ったままぱちぱちと拍手をした。血のにおいが充満する洗面所で、気分は徐々に高揚し始める。おばあちゃんは私に斧を渡し、よっこらせ、と言いながら美穂をおんぶすると、音のしない、薄暗い廊下を歩き始めた。
 リビングの入り口で、裸の男の人が倒れていた。顔はぐちゃぐちゃで誰なのか分からない。宮川さんかテレビ局の人のどちらかだろう。おばあちゃんは鼻歌を歌いながら
「久し振りに腰を伸ばしたら気持ちええなあ、やっぱり天袋は狭いわ」
 と言った。私はこっそりリビングに入ると、素っ裸で寝転がっているお母さんの横に立って思い切り斧を振り上げた。お母さんの脚の間には、これまた素っ裸の男の人が突き刺さっていた。子どもの力でも腕くらいなら切り落とせるようだ。何度も何度も斧を落とし、お母さんを壊していった。
「はっはっは、まゆみは強いなあ」
 おばあちゃんの声がして我に返ると、体中が血まみれでびっくりした。その拍子に床に出来た血だまりで滑って腰をつくと、美穂がケタケタと声を上げて笑った。美穂の笑い声を聞いたのも久しぶりだった。
「おばあちゃん、これからどこ行くん?」
 小さな声で美穂が聞いた。
「さあなあ、ゆっくり寝れるとこがええな。まあ、どうにかなるやろ」
 玄関を開け、門をくぐると、私はおばあちゃんのかっぽう着の端っこをつかんで歩いた。夜風がひんやり気持ち良かった。




(2010/12)
2010年12月10日 (Fri)
 溶けてしまったバニラアイスにたかる黒いアリの列が、剥き出しの太陽の下で照らされている。
 僕は躍起になっていた。一匹も余すことなく殺してしまおうと、白痴の子どものように足を鳴らす。何度踏み潰しても、足を地面に落とす直前でアリたちは散り散りに逃げていってしまう。影に反応して拡散するのだとしたら、アリたちは僕が思っているよりもずっと賢いということになる。こんなにも小さな体で、脳みそなんてどこにも無さそうな、恐怖という感情すら持ち合わせていないように見える下等生物のくせに。それがまた悔しくて、駄々っ子のように僕は地面を踏み続ける。どろどろの白い液体に自らの体を沈める黒い点が、僕の命よりも重たいなんてことはまず無い、と信じたい。
 頭の上の太陽を見上げると、まぶたの裏がぴくぴくと痙攣を始めた。強過ぎる光。押しつけがましい、夏の太陽。耳の奥でずっと鳴り続けるのはセミの声。頭を振って振り落とそうとしても、決して消えることのない命の叫び、鼓動。
 僕は夏が嫌いだ。理由のない苛立ちが止まないのも、根拠のない焦燥感に駆られるのも、全てこの暑さのせいに違いない。
 縁側に寝転がった妹は、さっきからずっと動かない。眠っているのかも知れない。気を失っているのかも知れない。寝たふりをしているのかも知れない。死んだふりをしているのかも知れない。いや、本当に死んでしまったのかも知れない。僕が殺したのかも知れない。アリを殺すよりも簡単に、妹は死んでしまった。
 妹の体をまたいで部屋に上がる。散らばったチラシの裏には、幾人ものお姫様が並ぶ。陽の当らない廊下は暗く湿っていた。セミの声が少しだけ遠ざかる。
 誰もいない台所。ここだけは異空間のように、冷たい空気を纏ったまま、薄闇に暮れている。冷蔵庫が時々思い出したようにぶうん、と鳴る。壁の時計の音に気が付くと、ずっとそれを追いかけてしまう。僕の耳は僕のものなのに、僕の意識が届かないところで勝手に動いている。
 母は祖母を病院へ連れていった。父は数週間前から帰って来ない。祖父はもう長いこと顔を見ていない。身動きの取れない体で離れに閉じ込められて、きっともう死んでしまっている。皆気付いているのに、気付かないふりをしている。白いシーツが汚物と血液で汚れていることを、一秒ごとに祖父の体が祖父のものでなくなっていくということを、この家に住む者は皆知っている。この暑さで腐乱した体から放たれる異臭が思いがけず鼻腔の奥を揺さぶることがあるというのに、それは気のせいだと思わされる。誰も何も言わないけれど、皆気付いている。皆知っている。疑問を持つことは許されない。
 冷凍庫から氷を取り出し、口に含んだ。奥歯で噛み砕くと、じゃこじゃこと音を立てて溶ける。また口に含む。噛み砕く。一連のこの動作を繰り返し、数十分前の記憶を反芻する。

 「じいちゃんの部屋行ってみるか?」
 縁側で絵を描いていた妹に向かって言ったつもりだったが、それは独白みたいにむなしく畳の上を滑り落ちた。妹の傍らに置かれた食べかけのバニラアイスが、強い光に照らされて白く反射していた。
「じいちゃんの部屋、行くか?」
 僕はもう一度問うた。今度はきちんと妹の耳に届くように、さっきよりも大きな声で。妹はこちらを振り向き、首を横に振った。表情はなかった。いつもだ。妹は決して笑わない。絶対に泣かない。そして喋らない。言葉を知らないのかも知れない。意思表示は首の動きだけで事足りる。
 妹は僕に背を向けて絵の続きを描き始めた。じいちゃんの部屋に行くつもりなど、最初から無かった。この家に二人だけで残された妹と僕だけの時間を共有したくて、秘密を作りたくて、その口実に過ぎなかった。
 二つに結われた髪の毛が揺れるたび、胸の奥の方から何か得体の知れないものが込み上げてきた。その正体が何なのか分からず、ただ怯え、持て余し、自分の胃を取り出してひねり潰す妄想を何度も何度も重ねた。
 すっぱい胃液が口の中を汚す。背中を伝う汗が、早く、と僕を急かす。セミの声が大きくなる。意識が、感情が、心が、脳が、僕の体から離れていく。
「   」
 僕は妹の名前を呼んだ。気だるそうな瞳が僕を見る。何かを言いたげでもあり、何もかもを知っているような顔をして、僕を蔑む。
 体の下の妹は小さく、すぐにでも事切れてしまいそうなほど頼りなかった。力を込めるたび、抵抗するわけでもなく、じっと僕を見ていた。両の目玉が徐々に大きくなる。僕は力の緩め方が分からず、小さな体が伸びきってしまったあとも首を締め続けた。祖父が迎えた孤独な、緩やかな死と、妹の身に降りかかった兄の裏切り、突然の死。どちらが不幸だろう。どちらが幸せだろう。
 眼球の裏側がじんじんと充血を始め、大きく息を吐いて僕は手を離した。妹はもう動かなかった。

 口の中の氷が溶けきってしまう前に、冷凍庫を閉め、台所をあとにした。縁側に戻ると、妹はまだ横になっていた。僕は隣に寝転がり、目を閉じる。閉じたまぶたに容赦なく光がねじ込まれる。
 動かない妹を抱きしめると、バニラアイスのにおいがした。小さな肩に歯を立てると僅かな抵抗を持ってゆっくりと食い込み、セミの声が止む日のことを、祖父の遺体が処理される日のことを考えながら、まぶたの裏の赤黒い光をぐるぐると回した。



(2010/12)

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原発牛乳
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39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
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