「超暑い。まじ暑くて死ぬっつーの」
赤い透明の下敷きを両手で挟み、顔の前でぼよんぼよんと鳴らしながら春菜は吐き捨てるように言った。カーテンの隙間から流れ込む風はすべからく熱風で、体温の上昇と引き換えにやる気と気力と体力を奪って行く。
「あー、早く夏休み入んないかな。だる過ぎだよ」
スカートの裾を持ってパタパタと仰ぐ美月は、こめかみから汗を滴らせて嘆く。夏休みまであと一週間。あと一週間も学校に来なければならないのだ。
「溶けるー」
相槌を打つ私は机に突っ伏し、春菜の下敷きを見上げながら、血の海みたいだな、と思う。血の海の水面が波立っているみたい。
「ねえ」
下敷きを机の上に置いた春菜が、小さな声で提案する。
「屋上行く? 先輩に開け方教えてもらっちゃった」
「早く言えよー」
私と美月は春菜を責めるように小突いた。心がざわめきだす。屋上で、給水塔の下の日陰に寝転がって空を眺めたら気持ちがいいだろうなあ、って。
昼休み、雑音と笑い声と誰かの噂話が飛び交う教室を飛び出して、私たちは屋上に続く階段を上った。何年か前に飛び降り自殺した生徒が出てから、ずっと鍵が掛かったままの屋上。それを春菜は易々と開けてみせた。
「おー、すごーい」
私と美月ははしゃぎながら春菜の後に続く。開かれた扉の向こうには雲一つない真っ青な空、コンクリート打ちっぱなしの足元は、熱せられた鉄板のように陽炎が立ち上る。
「日陰無いじゃん」
「超暑いんだけど」
「やべー、これは焼け死ぬ!」
そう口々に嘆きながらも、好奇心を抑えることは出来なかった。探索をするように、コンクリートの上に散らばる私たち。じりじりと焼けつく日差しの下で、白いセーラー服は光って見える。
「あっ」
美月がそう言った瞬間、手すりにもたれて校舎を見下ろしていた春菜が消えた。夏の陽炎の引力に導かれるように、手すりの向こう側へ飛んでしまった。
「ええええええ」
私と美月が恐る恐る下をのぞくと、頭から赤と茶色のどろどろしたものを飛び出させた春菜が横たわっていた。まだ誰も気付いていない。
「どうしよう……春菜死んだの?」
横を向くと、美月が今にも手すりを飛び越えようとしているところだった。
「アーイキャーンフラーイ!!!」
美月は笑いながら落ちて行った。春菜の体の隣に着地する瞬間も、同時に頭から色々出て来る瞬間も、左足が有り得ない方向に曲がる瞬間も、全部見てしまった。
「ええええええ」
二人の血液はとろとろと混ざり合いながら側溝の方に流れて行く。二つの死体に気付いた一部の生徒たちが、悲鳴を上げて騒ぎ出す。学校中がパニックに包まれて行く。
熱を持った風が頬に当たり、上気させた体がふわっと宙に浮いた。落ちる。そう覚悟したのに、私の体は浮いたままだった。
「ええええええ」
ばたばたと手足を動かしたら何故か前に進んだ。真ん丸い太陽の下、私はそのまま、空を飛んだまま家に帰った。
(2010/7)
ただのメモです。