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世界の終わり。
2024年05月01日 (Wed)
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2010年12月20日 (Mon)
「かわいそう」
 あの子は私にそう言った。
「あなたには何もないから。守るべきものも、失うものも、得られるものも、与えられるものも、何もないじゃない」
 赤い傘にくっついた桜の花びらを見ながら、私は考える。少なからず何かしら、私の中に存在するであろう価値のあるものを、思い出そうとする。少しだけ頭が痛くなる。頭蓋の内側がみしみしと音を立て始め、頭の中に描こうとしたそれらのものを自動的に塗り潰していく。
 桜の花びらは、雨に濡れてべったりと傘に張り付いている。
 私には、名前がない。私の名前を誰も呼ばない。きっと誰も私の名前を知らないのだと思う。私ですら知らないのだから、私以外の人間が知っているということ自体がそもそもおかしい。
 私は、名前がないことを今まで知らなかった。そんなこと、一度も考えたことがなかった。あの子には名前がある。誰しもが知っている、あの子だけの名前が存在する。それが私にはない。
「何もない」
 言葉にして放り投げると、あの子は笑ってそれを受け取った。
「何もないの。あなたには何もないのよ」
 繰り返しその言葉を投げたり受けたりしていると、どうやらそれが真実のように思えてくる。私には、何もない。
 視界の端で、雨に濡れた花びらが桜の木からぼとりと落ちる。雨は先ほどよりも弱くなった。あの子は傘を差していない。白く透けた制服に、雨粒が染み込んでいく。
 私には、友達がいない。家族がいない。恋人も、ペットもいない。私と社会を繋いでいるのはあの子だけ。でも、あの子は私の何なのかと聞かれたら、何でもないと答えるだろう。知人でも、友達でもない、ただの人間。
 薄い闇が私とあの子の上に落ちてくる。薄紫色の空が、冷えた空気と夜を連れてきて、背中がひやりと凍える。
「何もない」
 時間が流れる。いつまであの子はそこに立っているつもりなのだろう。そして私はいつまでここに立っていれば良いのだろう。わからない。私には時計もない。時間という概念もない。ひたすら時が流れ、場面が変わるのを待っているだけ。
 では、考えてみよう。今日、この時間、あの子に出会うまで、私が重ねてきた日々の生活について。
「何もない」
 驚いた。私には記憶もない。記憶と呼べるような、意識の沈着、積層が何一つない。今、この瞬間よりも前のことについて覚えていることが何もない。
 その事実は私に何よりも大きなショックをもたらした。息が苦しくなる。呼吸に合わせて肩が上下する。目の前に光のかけらが舞い、倒れてしまいたいのに体が動かない。力が入らない。横にすらなれない。
 あの子の顔が徐々に歪んでいく。美しい顔は原型を失って、ぐるぐると渦を巻きながら顔のパーツを削ぎ落としていく。
「何もないの」
 乾いた声が鼓膜に届くと、あの子は私に近付いて耳元で囁いた。
「かわいそうだからあなたに全部あげる」
 あの子が私の中に入ってくる。何度も吐きそうになりながら、あの子を私は受け入れる。あの子の体がぐにゃんと曲がって、細長い体がのどの奥を通り抜ける。呼吸が出来ない。見上げた空に星が浮かび、冷たい雨が顔に降りかかる。目を閉じるとあの子の顔が浮かんだ。あの子の顔には、顔がなかった。
 私はあの子になる。あの子の持っているものすべてを手にいれる。何もなかった私はあの子を手に入れて、あの子になった私には何かが生まれるだろう。何か。私が持たなかったたくさんの事柄、名前、友人、恋人、家族、記憶や感覚、制服に溶けた雨粒の一つが、私のものになる。果たしてそれは祝福すべきことであろうか。いや、そんなことは愚問だ。ゼロからイチになった私にとって、それはもうどうでも良いことだ。
 あの子の体が完全に私のものになると、強い風が吹いて桜の木が大きく揺れた。花びらは舞い、湿ったアスファルトの上に音もなく落ちる。
 傘の上の桜の花びらを手に取り、口に入れ、ゆっくりと飲み干す。なくなってしまったあの子に花を手向けましょう。あの子が好きだった桜の花を。



(2010/12)
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2010年12月20日 (Mon)
 あかん、今気付いてんけど、僕、頭のねじ一個はずれてる。
 どこに置いてきたんやろ。さっきまではあってんで。なんかちょっと頭疲れたなって、頭痛ひどいしちょっと緩めとこかーって思ったら、いつのまにか無くなっててん。緩めたつもりがどっか落としてしもたんやろか。あかん、あかん、これはやばい。
 僕な、ほんまは埼玉県出身やねん。埼玉生まれの埼玉育ち、小学校の時に二年間だけ群馬の前橋てとこあるやろ? あそこに住んでてんけど、今は大宮に住んでるし、生粋の関東人なん。それやのにな、こんな中途半端な関西弁もどきみたいなんしか出てこーへんねん。標準語がしゃべれへんくなってん。絶対ねじがはずれたせいやで。ああもう、ほんまにどうしよう。
 あ、ちょっと待って、よく見たら僕、左手の小指が無い。
 うわ、めっちゃ血出てるやん。めっちゃ血出てるやん。ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、落ち着いて、誰か僕にこの状況説明して。何で僕の小指無いん? 僕の小指どこ行ってしもたん? うわー血出てるわー。これじゃ赤い糸結ばれへんがな。僕一生ひとりもん確定やん。想像したくないけど一生童貞かも知れんな。いややー絶対いややー。女の子とエロいことしたい。おっぱいさわりたい。ちんちん舐めて欲しい。あーもう小指……、僕の小指、どこー。
 ああ頭のねじも無いし小指も無いし、何でこんなんなってんやろ。今日のめざまし占い、乙女座は一位やってんけどな。
「思いがけない運命の出会いがあるかも!? うどんを食べると吉」
 て言うてたやんか。うどんなあ、なんか腹減ったな。うどんでも食いに行こかー。ってここどこやねん。何やねんここ。何でこんな、え、何で? 僕の目がおかしなったんかな? 全部ピンク色やねんけど。あそこ、木、生えてるな。うん、そこ。葉っぱ、ピンクいな。木の幹、濃いピンクやな。何なん? 葉っぱは緑色が定説やろ。幹は茶色が普通やろ。木の種類とか季節によって多少変化はあるかも知れへんけど、ピンクはないやろ。
 ていうかここは、ピンクい木以外何もあらへん。うわなんかめっちゃ腹減ってきた。何も無いってわかった途端に胃袋が収縮し始めるとか、反則やろ。あーこのまま腹減って死ぬんかなあ。餓死って一番辛いって言うよなあ。お腹が空き過ぎて死ぬとか、ほんま切ないで。切なすぎるやん。
 んん、ちょっと待って。これ、もしかしたら食べれるんちゃう? 下に落ちとる葉っぱ、なんか美味しそうに見えてきたで。人間の本能って言うんかな。順応性っていうの? そういうのん発揮するべき時なんと違うの、今。
 お? いける? いけるいける。甘っ! これチョコレートやん。葉っぱの形したイチゴ味のチョコレートやん。甘っ! のど渇くわ。小指から垂れよる血がぶがぶ飲んでも圧倒的に水分足りひんわ。でもチョコレートは非常食になるって言うよな。じゃあこっち、幹の方はどうなん? 硬っ! 幹かったいなー。しかもめっちゃ苦い。これはないわ。間違いなくカカオ百パーセントやわ。葉っぱ一択やわ。
 はー。とりあえずお腹はちょっと膨れたし、歩いてみよか。
 あれ、僕、靴履いてなかったっけ? コンバースの、黒いオールスターの。高校の時からずっと履いてるやつ。もうぼろっぼろやしそろそろ替えようかなって思っててんけど、僕、靴もどっかに忘れてきたんかな。もう長いこと履いてるから結構愛着湧いてたんやけどなあ。新しいの買えってことかな。うん、来週バイト代入るし新しいの買いに行こ。
 ていうか靴と一緒に僕の脚も消えてるやん。もー、何なん。なんか腹立ってきた。何で僕の脚、膝から下がどろどろなん。めっちゃ溶けてるやん。ありんこが出来るんが唯一の僕の自慢やったのに、スネ毛も溶けてるやん。
 うそーもうやめてー。冗談きっついわー。よく考えたらさっきよりなんか視界が低なったなーって思ってんけど、足が溶けとったなんて予想外やったわー。もうコンバースの靴買いに行かれへんやんか。今度はちょっと冒険して柄もんにしたろかな、って思ってたのに、モテない男はおしゃれすることすら許されません、ってか。悲しいなあ。世知辛いなあ。って、おおおおお。
 うっわ、何、今の何? なんか赤いの飛んできた。えっ、ちょっ、痛い痛い何?
「おにいさま!」
 誰? 何? これか? 何でこの赤い玉はしゃべってんの?
「おにいさま!」
 いやいや僕、弟しかおらへんし。妹属性無いし。
「おにいさま!」
 これはどっから声出てんねやろ。触ってみる? いきなり爆発とかせえへんよな。
「あんっ!」
 えええええっ。何こいつ。何こいつ。
「おにいさま!」
 しつこいな。裏側どうなってんの?
「ああんっ!」
 なんか出っ張りがあるな。引っ張ってみよか。
「いやあああらめええええ!」
 痛ったー。痛ったー、ほんま何。ばちーんて。ばちーんて言うたで、今。案の定爆発しよったがな。何やってん、あの、丸いの。って、うわわわ、めっちゃ飛んでくる。さっきの赤いのんいっぱい飛んできてんけど、何なんもう。
「おにいさま!」
「おにいさま!」
「おにいさま!」
「おにいさま!」
「おにいさま!」
 うっさいわ。誰がお前のおにいさまなんかになるかいな。黙れ。玉のくせにしゃべるな。
 なんかもう腰くらいまで溶けてきてるし、赤い玉はぼんぼん当たって割れよるし、もうほんまにこのまま死ぬんかも知れん。
 ねじ。ねじはどこ行ってんやろ。ねじさえ落とさんかったら僕、普通に生活してたはずやのに。普通。普通って何やねん。何が普通で普通じゃないねん。僕は普通じゃないんか? 普通の僕はどこに行ったん?
 僕は、どういう生活しとったんかな。どうやって生きてたんかな。ねじと一緒に記憶まで落としてしもたんやろか。もう何も思い出せん。頭からっぽのまんま死んでいくんや。
 死ぬ前にせめてセックスがしたかったな。別に可愛くなくていいから、お腹たぷたぷでもいいから、おっぱいなくてもいいから、僕のことをちゃんと好きな女の子のこと、愛してみたかったなあ。好きって言われてみたかったなあ。ちんちん舐めて欲しかったなあ。
 あんなあ、頭、首の後ろんとこ、僕スイッチが付いてんねん。これ押すとな、しばらくの間勝手に意識失ってな、まあいつもやったら半日くらいで意識戻るねんけど、ん? いつもっていつや。ああああもう知らん。わからん。僕に聞くな。僕はもう僕じゃないねん。こんなん僕とは言わせへん。僕はもっと、僕は、僕は……。
 あかんなあ、僕は僕のことすら思い出せへんくなってしもうたわ。僕は誰なん? 僕はどこに行ったん? ねじと一緒に僕も落としてしもたんかなあ。僕はなあ、うん、おっぱいが好きや。小さいおっぱいも、大きいおっぱいも、僕はみんな好きや。それはなんか、覚えてる。僕はおっぱいやったんかな。うん、もう僕おっぱいでいいよ。
「おにいさま!」
 まだ飛んできよるがな。いや、あれ、色変わってるな。あれもピンク色になってる。もしかしてあれ、おっぱいと違う? なんか出っ張ってるとこだけ色濃いし、もしかしてあの出っ張りって、乳首ちゃう?
「おにいさまあああああああああああ!」
 そん時なあ、僕、間違えて首の後ろのスイッチ押してしもてん。間違えて、というか、その乳首がな、僕のスイッチにぴったりはまってん。びっくりしたわ、ほんま。せやから、記憶がここまでしか無いねん。
 僕が誰やったか、君は覚えといてくれる? 僕はおっぱいやで。忘れんといてくれたら嬉しいなあ。今度会った時、母乳ぴゅぴゅっって掛けたるわ。



(2010/12)

2010年12月20日 (Mon)
 空が落ちてくる。そう思った瞬間にはもう遅かった。
 濃いねずみ色の空は音も立てずにゆっくりと、僕の頭上に落ちて来た。周りの大人たちは何食わぬ顔で僕をどんどん追い抜いて行く。大人になると見えなくなるものがある、といつかママは言っていた。大人たちには空が見えないのだろうか。
 空は、手を伸ばせばすぐに届く場所まで迫って来ていた。僕がいるこの世界は大きな箱で、その上に重しの石をのせられているかのように錯覚した。
「水っちゃん! 帰ったらすぐグラウンドに集合な!」
 同じクラスのよっちゃんが僕のランドセルを勢いよく叩き、走り抜けて行く。正直僕はそんなことをしている場合ではなかった。きっと家に着くまでに空は地面に落ちてしまうだろう。僕は空とアスファルトに挟まれて、ぺしゃんこに潰れてしまう。それはとても怖いことだった。でも、どれくらい怖いことなのか全く想像がつかなくて、それがまた不気味だった。
 よっちゃんの背中を眺めながら、ランドセルの肩ひも部分をぎゅっと握り締めると、目を強く閉じたままその場に立ち尽くした。あと数秒もすれば僕の頭のてっぺんに空がくっつくはずだった。

「何やってんの」
 聞き覚えのある声がして、僕は思わず目を開けた。声の方向へ振り向くと、同じ登校班の篠原さんが立っていた。篠原さんは僕より二学年上の四年生だったけれど、僕と同じくらいの身長しかなく、いつも一人で黙々と歩いている女の子だった。
「早く帰らないと、鬼が来るよ」
 篠原さんは諭すような口調で言った。僕の目をじっと見つめ続けているので、少しだけ怖くなり、その場から逃げ出してしまいたくなった。
「鬼? 鬼って何?」
何か言葉を発しようとして、とても間抜けな質問をした。言ってからとても後悔した。
「鬼を知らないの? 空から降って来る妖怪だよ。こういう曇りの日は鬼が出やすいんだ。早く帰らないと鬼に食べられちゃうんだよ」
 篠原さんは表情を変えずに、真面目な顔をして言った。僕はまだ小さな子どもだけど、鬼や妖怪が実在しないものだということは知っていた。篠原さんはそれを信じているのだろうか。
「ほら、早く帰りな」
 篠原さんにランドセルを強く押され、僕は家に向かって歩き始めた。空は僕の頭のすぐ上で止まったまま、もう動いてはいなかった。
 少し歩いてもう一度振り返ると、篠原さんは知らない大人と話していた。幼稚園に通っていた時に読んだ絵本に出てきた赤鬼にそっくりな大人だった。鬼に手を引かれて、篠原さんはタバコ屋さんの角を曲がって行った。
 僕はすぐ上の空を見上げた。この空から鬼が降りて来て篠原さんを連れて行ったのだと思うと、今まで感じたことのない恐怖が全身を駆け抜けた。耳を塞ぎ、半目を開けたり閉じたりしながら家までの道を歩いた。

 玄関の前で、ママがサルビアに水をやっていた。赤いサルビアはママが一番好きな花だ。その色は篠原さんのランドセルと同じ色をしていた。
「おかえり」
 僕の姿に気付くと、ママはいつものように声を掛けた。僕はママに向かって思い切りダッシュをした。半目のまま、手を耳に当てて。呼吸がばらばらになって、心臓がひねり潰されたように痛かった。
 ママのエプロンに顔をうずめると、涙は勢いよく溢れ出した。
「もー、どうしたの? 何か怖いことでもあった?」
 笑いながらママは僕の頭を撫でてぎゅっと抱きしめる。顔を上げると空はもうずっと上の方にいた。濃いねずみ色からほんのりと青みを帯びた色に変わり、季節外れのセミたちが遠くで泣き始めた。

 空が墨汁をぶちまけたみたいに真っ黒に染まった頃、家の電話が鳴った。学校からの連絡網だった。
「えっ、みゆきちゃんが? …はい、…はい、分かりました。明日は休校で、はい」
 篠原さんの下の名前はみゆきだった。嫌な予感が僕の体中を蝕み、胃の奥からアリを潰した時のようなすっぱいにおいがこみ上げて来た。ママの表情を見て、僕は嫌な予感が当たったことを知った。
「同じ登校班の篠原みゆきちゃん、四年生の。川で溺れて亡くなったんだって」
 次の瞬間、僕の上にまた空が落ちてきた。今度は物凄い速さで、大きな音を立てて。ママの声も何も聞こえない。
 僕は篠原さんの赤いランドセルと、赤鬼みたいな顔をした大人のことを思い出していた。空が大きな口を開けて僕を飲み込もうとしている。耳鳴りが近付いたり遠のいたりして、僕の心は空に潰されて、二度と会えない篠原さんの顔が浮かんでは消え、ぐしゃぐしゃになった頭を抱えて震えが止まらなかった。



(2010/11)
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女性
誕生日:
1984/09/21
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自由人
趣味:
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