そのベストの模様何て言うんでしたっけ? その菱形の、それ。それ可愛いですよね。何だっけド忘れしちゃったな。私、去年その模様のカーディガン三着も買っちゃいましたよ。ローリーズと、ヘザーと、あとどこだっけな。あ、そうそうユニクロ。ユニクロも最近可愛いの多いし、意外と丈夫なんですよね。制服にはやっぱりカーディガンっていうか、あ、ベストも合いますけど。先生ベスト似合いますよね。シャツとベストの組み合わせ、最高に似合うと思います。やっぱり無地のベストより、その模様のベストが一番似合いますよ。夏は着ないじゃないですか。暑いから。シャツだけでも十分かっこいいんですけど、ベスト着ると五割増しで良く見えます。いや、先生かっこいいですって! 私視力両目1.5ですから。毛穴まで見えてますから。毛穴までイケメンですよ。いやいや別に頭おかしくないですから。笑。先生は年下興味無いですか? 無いですよね。先生熟専って感じするし。年上に可愛がられるタイプですよね。そんなことないですか? ですよね。やっぱり年上ですよね。包容力っていうか。私も年上がいいなあ。先生みたいにベストが似合う人がいい。っていうか先生がいい。先生がいいです。先生が
「問九、宮沢。宮沢、起きてるか?」
「あ、はい、寝てません」
頭の中は夢でいっぱいだったけど、意識はしっかりしてました。
先生を眺めることに集中するために、数学の授業の予習は欠かさない。問九の回答は出ている。馬鹿だらけの学校だから授業のスピードは遅いし、勉強すれば何でも解けるのだ。第一志望の高校に落ちた時は布団から出られないほど落ち込んだものだけど、入学式で先生の姿を見つけた時、落ちて良かった、って思った。
黒板の前に立ち、チョークの粉を気にしながら問題を解いていく。教卓に立つ先生の背中は真後ろにある。指が震える。
「先生、わかんなーい!」
「あーもうお前寝てただろ。ちゃんと聞いとけって俺はあれほど」
茶色い頭をした女子の甘い声に応答する先生の声はどこか嬉しそうで、面倒臭そうで、でもきっと口角は上がっていて、私には絶対に見せないだらしない顔をしているのだろう。すぐ後ろにいるのに、私と先生の間には成層圏を突き抜けてしまうほど高い壁が存在している。
粉をはらって席に戻ると、回答の間違いに気付いた。答え合わせは始まっている。しまった、しくじった。
「お、宮沢、今日は珍しく間違えたな」
予想を覆すように、先生の口元が少し上がった。気がした。気がしただけだけど、壁はエベレストくらいの高さまで下がった。エベレストなら、頑張れば越えられるかも知れない。
私の回答を直すと、ベストの模様が歪んだ。いびつな菱形はハートに見える。かなり無理矢理。
「今日解けなかったやつ放課後残れよ」
菱形が元に戻るとチャイムが鳴った。先生の後ろ姿を眺めながら、私は「次は甘い声を攻略」と頭の中にメモをする。
(2010/9)
ただのメモです。