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世界の終わり。
2024年05月18日 (Sat)
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2010年07月15日 (Thu)
 急に降り出した雨が僕たちの合図だった。浴室に閉じこもり、悪天候の観賞会をするのは梅雨時期の定例イベントだ。浴室のすりガラスの窓の向こうの世界は夜みたいに暗い。狭く冷たい床に向かい合わせで座ると、モモは不安そうな顔をして無理矢理笑ってみせた。足の先でスカートをめくろうとすると、無言のまま裾を押さえる。
「このままここから出られなくなったらどうする?」
 僕たちはよくこういうことを想像する。モモは少し考えたあと答えた。
「いいと思うよ。お腹が空いたら……、あっ」
 かばんに手を突っ込んでごそごそとやっている間、僕はもう一度スカートめくりに挑戦した。今回は成功した。水色だ。
「これ、今日調理実習で作ったんだった。お腹空いたらこれ食べればいいよ」
 ラップで包まれた二つのシュークリームがモモの手のひらの上にのせられていた。僕はスカートに足を突っ込んだままそれを受け取る。少し潰れたそれは、薄暗い浴室の中ではとても色が悪い。ラップを取って口に入れると、粉砂糖の甘さが広がった。
「じゃあ、これが毒入りだったらどうする?」
 モモはシュークリームを持ったまま訊く。
「モモに殺されるなら別にいいよ」
「死に至る毒じゃなくて、今のユウのまま時間が止まってずっと死ねない薬が入ってたら?」
 僕は想像した。どんどん年を取って行くモモの横で、若い僕はそれを見守っている。やがてモモは死んでしまうだろう。一人きりになった世界で、モモとの記憶だけにすがって生きて行く。そんな世界を想像しただけで寂しくて苦しくて辛くて、涙が出そうになる。
「唾液感染するってことにしてモモも不死身にしてあげる」
 僕は白い腕を引いてモモの唇に自分の唇を重ねた。隙間に舌をねじ込み、唾液の交換をする。柔らかなモモの舌が、僕の口の中でぎこちなく動く。しばらくして唇を離すと、目を閉じたままモモは言った。
「ここは私とユウだけの世界で、外は荒廃した大地。アルカリの雨が降るの」
 僕も目を閉じる。
「私たちはここに閉じ込められたまま、ずっと二人だけでこうして想像したり眠ったりする。外に出るとアルカリの雨で体が溶けちゃうから、出られないの」
 まぶたの外側が一瞬だけ光ったあと、すぐにゴロゴロと雷が鳴った。雷がこの浴室に落ちて、二人で感電死なんていうのもいいかも知れない。
 薄目を開けるとモモは窓の方を見ていた。雨は降り続いている。湿気で制服のシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。もう一度スカートをめくると、モモは僕の方を向いてにやりと笑った。さっきよりも暗くなった浴室の中で、水色の下着は灰色に映った。
「蒸し暑いね」
 どちらからともなく立ち上がり、浴室のドアを開け深呼吸をすると、肺がひんやり気持ちいい。
「シュークリームもう一個ちょうだい」
「こっちは本物の毒入りだよ」
 さっきと同じ粉砂糖の味が広がった。僕はモモに口づけをして、再び毒を感染させる。



(2010/7)
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プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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