板張りの縁に寝転がり目を閉じると、まぶたの薄い皮膚の隙間から漏れて来る強い光で視界が赤く広がる。ところどころに黒い点、眼球を移動させるとそれはその先々について来て、まぶたの中で目を閉じてしまいたい衝動に駆られる。
「また寝とるんか」
蝉の大合唱に混じって低い声が上から落ちて来る。眩しくてまぶたが開かない。仕方なく体を起こすと、汗と一緒に全身を倦怠感が流れた。
「邪魔、どけや」
十年前は小さな小学生だった弟は現在思春期真っ盛りで、女の子みたいに可愛らしかった当時の面影はまるでない。死んだ父に似たのか、身長はゆうに180センチを超えている。母親を「ババア」と呼ぶほどにたくましい男に育った。
「十年ぶりに帰ってきたんよ、ちょっとくらいゆっくりさせてや」
「ゆっくりし過ぎじゃボケ」
先週号のジャンプを枕にして、成長し過ぎた弟の体が縁の上を独占する。
「ちょっと、邪魔はどっちなん」
爪先で分厚い脇腹を小突くと、顔の上に今週号のヤンマガを載せた弟が鼻先でふっと笑う。
「ここは俺の家やからええんや。十年も家に帰って来んかった女が何抜かす」
口を動かすたびにヤンマガも少しずつ動く。その上に、さっきまで私が使っていたそばがらの枕を勢いよくのせた。
「何すんじゃボケ! 死ぬで!」
「勝手に死んだらええんちゃう」
観念したように弟は廊下の奥へ消えて行った。私は再び横になる。板張りはぬるく、紫外線が全身を攻撃しているのを皮膚で感じる。蝉の声が遠のいて行き、赤い闇が落ちてくる。
父の初盆は昨日終わった。葬式には出なかった。私は父が好きでも嫌いでもなかったし、それより母が
「あんたは血繋がっとらんのやで、別に無理して来んでもええよ。色々めんどくさいこと言われるしな」
と言ってくれたから出なかった。辛うじて私の居場所だった二階の四畳半は、今は受験生になった弟の部屋になっている。
「おい、やっぱそこどけ」
父のサングラスを手に、弟が戻って来た。もう片方の手には凍らせたチューペット。
「あー、ずるい! 半分ちょうだいよ」
「アホ、自分で行け」
サングラスをかけ、私の横に座りこんで白い棒をかじる弟は、狭い、邪魔、と言いながら私の体を軽い力で蹴る。
「おっそろしく似合わんなあ、それ」
「黙れ」
チューペットから落ちたしずくが板張りの床を濡らす。サングラスをかけた弟は、どこか父に似ている気がする。
「なあ、スイカ食べたいなあ」
自分の喋り方が、いつの間にか母に似てきていることにも気付いて驚く。
「チューペットでもええなあ、それ、うまそうやなあ」
「うざい、黙れ」
低い声を鼓膜で受け止めながら目を閉じる。太陽の下で眠るのなんて、何年ぶりだろうか。
ぱらり、と漫画をめくる音が耳に心地よい。夕方になったらスイカを買いに行こう。赤い闇はスイカの果肉の色だ。再度、蝉の声が遠くなる。
(2010/6)
ただのメモです。