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世界の終わり。
2025年07月07日 (Mon)
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2010年07月01日 (Thu)

 透明のアクリル板を接ぎ合わせて作った長方形の箱の中に色とりどりの造花をいっぱいに敷き詰めて、準備はようやく整った。呼吸を止めてしまった妻をその中に寝かせ、同じくアクリル板の蓋をする。妻は生前と変わらず美しく、今も生きているようだった。もう一度蓋を開け、硬くなり始めた妻の体を抱き締める。涙は不思議と出て来ない。昨晩泣き明かした所為で枯れてしまったのだろうか。もう二度と血の通わない唇にキスをすると、そこから僕の体も固まってしまいそうな気がした。でもそんな気がするだけで、妻の後を追う勇気すらない僕は妻の体を棺の中に戻した。

「私が死んだらアクリルみたいな硬い板で棺桶を作って庭に埋めて。土に還ることも灰になることも嫌なの。あなたのそばにずっと居たいの」
 アクリル製の棺は妻の遺言だった。妻は心臓を患っていて、もう長くないことを随分前から悟っていたのだと思う。口癖のように何度もその言葉を繰り返した。そのたびに僕は悲しくなったものだが、実際にその日が来てしまうと意外にも冷静に棺を作ることが出来た。
 庭の桜の木の下に深く掘った穴の中に置いた棺に蓋をし、手を合わせる。それからは黙々と土をかぶせ続けた。妻の体が見えなくなってしまうと、まぶたの奥がじんわり熱くなったけれど、やっぱり涙は落ちて来なかった。妻の墓が完成したのは、日が暮れ始めた頃だった。

 深夜、妻の夢を見た。しなやかに動く妻は、僕の顔を見て
「何怒ってるの?」
 と聞く。僕はいつも表情が硬いと妻に怒られ、そうからかわれていた。夢の中の妻は、少女のようにけらけらと笑っていた。

 翌日、僕はもう一つ棺を作った。僕の身長より少し大きめに作ったそれに、買って来た造花を並べていく。穴は掘らなかった。妻の墓の隣に僕の棺を置き、その中に体を横たえる。妻が死んだ日から、天気はずっと晴れだ。雲一つ無い真っ青な空を見上げながら、妻のことを想った。
 妻が最後に見た景色を、僕は今見ている。実際に息を止めたのは寝室のベッドの上だけれど、僕にはまだ妻が生きているような気がしてならないのだ。
 耳元でカサカサとこすれる造花の感触が、子守唄のように眠りを誘う。僕には埋めてくれる誰かもいないし、死ぬ覚悟も出来ていない。明日からは妻のいない世界で、一人で生きて行かなくてはならない。それはきっと難しいことではないだろう。僕は身の回りのことは全部自分で出来るし、食事だって作れる。何年かしたら新しい妻を迎え入れるかも知れない。
 それでも、こうして妻と同じ景色を眺めて頭を空っぽにすることが今の僕には必要で、こうすることでしか僕は前に進むことが出来ない。僕と妻の記憶をアクリルの板に閉じ込めて、明日からまた違う世界で生きて行く。
 太陽が沈み始める頃、僕は棺を出た。そして僕の棺を解体し、造花を妻の墓の上に撒いた。朱から藍に染まった世界で深呼吸をすると、土の匂いが心地よかった。



(2010/6)
 

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2010年06月26日 (Sat)

 朝から凄まじい雨で、こんな日に宮沢さんを呼び出したことをひどく申し訳なく思った。
「びちゃびちゃだよー」
 そう言いながら下駄箱の前で傘を振り回す宮沢さんに、僕は散々謝った。ごめんねこんな朝早く呼び出して、ジュース奢るから。そんな簡単な謝罪でも笑いながら許してくれる宮沢さんが僕は好きだ。真っ黒な髪の毛、真ん丸い瞳、捲った袖の先から伸びる細い腕。性格も良い。
 玄関の時計は七時を回ったところ。購買の脇の自販機にお金を入れて、コーラのすぐ下のボタンを押したらピーチネクターが出て来た。
「うわ懐かしい! 私これがいい」
 はしゃぐ宮沢さんにピーチネクターを渡して、もう一度小銭を入れる。コーラはやめて緑茶にした。またピーチネクターが落ちて来た。
「何これ、もしかして全部同じの入ってんじゃないの?」
「そうかもね」
 仕方なく僕も赤い缶を拾い上げる。ピーチネクターを最後に飲んだのなんて、何年前だろう。
 僕たちは教室がある三階まで他愛もない話、例えば昨日の課題は終わったか、とか、数学の林の喋り方が気持ち悪い、とか、そういう話をして上がった。宮沢さんはころころと笑う。花が開くように、ポップコーンが弾けるように。とても可愛い。抱き締めたくなる衝動を抑えるのに僕は必死だ。
 誰もいない教室のカーテンを開けて、窓を開けると、雨のにおいが肺いっぱいに広がる。
「話って何?」
 缶を開けながら宮沢さんが聞いた。そのしなやかな手つきにいちいち見惚れてしまう。僕が黙っていると、携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。誰に送るんだろう。少しだけ息が苦しくなる。ピーチネクターを喉に流し込んだ。甘ったるい。甘過ぎて吐きそうだ。
「宮沢さん」
 何て素敵な響きだろう。ミヤザワサン。
「何」
「僕のものになってよ」
 陳腐なセリフだ。生まれて初めての告白だと言うのに、それ以外に言葉が浮かばなかった。
「は? 無理」
「何で?」
「彼氏いるし」
「別れてよ」
「やだよ。私もう行くね」
 怒ったような顔をして宮沢さんは鞄を掴んだ。その細い手首を握ると、驚いた顔がこちらを向く。
「離して」
「僕のものになってよ」
「やだってば」
 振り解こうとする宮沢さんを無理矢理抱き締める。腕の中で暴れる宮沢さんは小さな子供みたいだ。なんて愛しいんだろう。
「やだ!」
 宮沢さんの最期の言葉を聞いた瞬間、僕は白い首筋に手を掛け力を込めていた。やがて動かなくなった宮沢さんの顔面を、近くにあったゴミ箱で殴る。ガション、ガション、ガション。
 頬が抉れて額が割れている。ゴミ箱の底は血まみれだ。急に喉が渇いてピーチネクターを手に取る。でも口にする気にはなれず、宮沢さんの上にじゃばじゃばと振り掛けた。血の匂いがどんどん甘くなる。
 真っ赤に染まった宮沢さんの唇に自分の唇を押し当てると、さっき飲んだピーチネクターの味が戻って来た。キスがこんなにも甘いことを、僕は生まれて初めて知った。



(2010/6)
 

2010年06月26日 (Sat)

 知らない子が家にやって来たのは、新しいママと暮らし始めて一年が過ぎた頃だった。赤い顔をした小さなしわくちゃの子を見ながら、皆「可愛い可愛い」と言う。
「あなたの妹よ。可愛いでしょ。仲良くしてね」
 そう言われても全然可愛くなんかないし、パパもママも私と遊んでくれなくなって面白くない。「愛」と名付けられた妹はその名の通り愛されて、私はいつも一人ぼっちだ。悔しくて誰もいない時に妹の足を思い切りつねってみたけど、ただケタケタ笑うだけで泣きもしない。何だか馬鹿にされた気がして虚しくなった。

 妹が生まれて半年と少し経った頃、心臓に小さな穴が見付かった。妹は大きな病院に入院し、沢山の管を体中に巻き付けてぐったりしている。ママはずっと妹に付きっきり、私はパパとお留守番。やっとパパを独り占め出来る。そう思ったのに、パパはそわそわ家中を歩き回ったり、いきなり泣きだしたり、全然私と遊んでくれない。ここにはいない妹の名前ばかりを何度も呼ぶ。私の名前は忘れてしまったのかな。
 夜、布団に横になると涙がぼろぼろ溢れてきた。パパは大きな溜息を吐き、背中を向けて寝てしまった。
「お前なんて知らない」
 そう言われているようだった。

 手術が無事に終わり妹が家に帰ってくると、パパもママもニコニコしていた。私もつられて笑った。妹は胸に大きな傷があったけれど、私の顔を見てケタケタ笑うくらいに元気になった。
 次の日、ママと妹と三人でスーパーに買い物に行った。心臓に繋がった大きな機械と一緒にベビーカーに乗せられた妹は、久し振りに見る外の世界にきゃっきゃっと笑う。今日はママも優しい。私のためにアイスを買ってくれた。妹はまだアイスは食べられないもの。何だか妹に勝った気がした。
 ベンチに座ってアイスを食べていると、ママが言った。
「ごめんね、ママお腹痛くなっちゃったから愛ちゃんのこと見ててくれる?」
 私は大きく頷いて答えた。
「わかった。ちゃんと見てるから大丈夫だよ」
 ママがいなくなったあと、知らないお姉さんが近付いてきた。
「赤ちゃん可愛いね、いくつ?」
「八ヶ月です」
 お姉さんは優しそうに笑って妹をあやす。妹もケラケラと笑う。
「抱っこしてもいいかな?」
 私が返事をする前にお姉さんは妹を抱き上げた。心臓の機械が外れ、妹が泣き出すと、お姉さんは妹を隠すように抱えてどこかに行ってしまった。私はそれをずっと見ていた。ママとそう約束をしたから。

 ママは空っぽのベビーカーを見て
「愛ちゃんはどこ…?」
 と真っ青な顔で呟いた。私をその場に置き去りにして、妹の名前を呼びながら狂ったようにスーパーの中を走り回った。
 スーパーの裏の資材置き場から妹が見付かった時、妹はもう息をしていなかった。
「あんたの所為よ! あんたなんか知らない!」
 ママはその場に泣き崩れた。うずくまるママの背中をぼうっと見ていると、食べかけのアイスがべちゃりと落ちた。



(2010/6)
 

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原発牛乳
年齢:
40
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女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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