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世界の終わり。
2024年05月17日 (Fri)
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2009年05月21日 (Thu)

 花火を見に行こう。そう誘って来たのは真理子の方からだった。真理子とは幼稚園に通っていた頃からの幼馴染みだが、真理子の中に花火を連想させるイメージが全く無いに等しかったので、とても驚いた。何というか、真理子は他の子とはちょっと違う子だった。浮いている、と言えば良いのか、変わっている、と言った方が正しいのか。とにかく昔から少し、いやかなりぶっ飛んだ子だった。花火を見たがるなんてそんなこと、永久に有り得ないことだと思っていた。だから驚いた。
 真理子は何をやらせても完璧にこなす子どもだった。勉強も出来たし足も速かった。歌も絵も上手かった。それなのに、真理子はしょっちゅう授業を抜け出して校庭で一人遊んでいた。大量のセミを捕まえて筆箱に入るだけ入れ、泥だらけで土足のまま教室に戻って来たこともある。教室は一瞬にしてパニックに陥ったが、真理子は全く動じずに一匹ずつセミを教室に放していった。先生の言うことなんて耳に入っていないようだった。怒られても本人はその自覚が無いため効果が無い。結局そのうち誰も相手にしなくなり、先生さえもが真理子を見て見ぬふりをするようになった。それでも真理子はずっとテストで百点を取り続けたし、足も速いままだった。授業中の一人遊びをやめることもなかった。
 私はクラスの中で唯一、真理子と話をする女子だった。会話は噛み合わないことの方が多かったが、なぜか真理子に惹かれていたし真理子の自由奔放さに憧れてもいた。そんな私から、クラスの女子は少しずつ距離を置くようになっていった。真理子と話すだけで私まで変わり者扱いをされたのだ。私は真理子のように頭が良いわけでも足が速いわけでもなかったので、それがいじめに変わるのに時間は掛からなかった。私と変わらず会話を続けてくれるのは真理子だけだった。
 中学校に上がった直後、両親が離婚した。私は母に引き取られたのだが、一日中働き通しの母とのすれ違いも多くなり、部屋に閉じこもったまま学校にも行かなくなった。母は私を咎めることはせず、好きにさせてくれた。ただ現実を直視したくなかっただけかも知れないけれども。
 真理子はよく学校帰りに家に寄ってくれた。中学に上がって多少落ち着いたのか、意味のある会話も少しずつ出来るようになった。真理子はいつも大袈裟な身振りを加えながら学校のことを話してくれた。私を元気付けようとしてくれているのだと分かった。真理子の前で涙を流すと、真理子は私をぎゅっと抱き締め頭を撫でてくれた。余程びっくりして慌てたのかとても荒い動作ではあったが、私は嬉しくてまた涙が出た。真理子だけが私を許してくれる存在だった。真理子さえ居れば他に何も要らないと思っていた。
 花火大会に誘われたのは、学校に行かなくなった年の夏休みのことだった。部屋の外に出ることに戸惑いや不安はあったが、真理子と一緒なら大丈夫、という強い自信もなぜかあった。真理子と花火大会というとても不釣り合いな組み合わせに驚いたが、真理子が花火を見てどんな反応を示すのかにも興味があった。八月頭の土曜日、私は三ヶ月以上振りに家の外に出た。
 毎年川沿いで行われるその花火大会に行くのは、小学三年生の夏休み以来だった。その時は両親と一緒に手を繋いで歩いた。真理子と手を繋ぐことはなかったが、気を遣いながらゆっくりと歩いてくれる真理子に優しさを感じた。
 日も暮れ始め、花火が上がるのを河川敷に立ち待っていると、急に真理子の姿が見えなくなった。私はどうして良いか分からず、真理子の名前を何度も呼んだ。真理子を探して辺りを歩き回った。どうしようもない嫌な予感がした。
 河川敷から少し離れた神社の前を通り掛かった時、頭の上で大きな花火が上がった。真理子も何処かで同じ花火を見ているのかと思うと涙がこぼれた。早く真理子を見付けなくては、そう思いながら神社を覗いてみると、境内の奥に人影が見えた。それは真理子に違いないという妙な確信が生まれた。
 暗闇の中、目を凝らし見てみると、真理子と思しき人物の周りには数人の女子の姿があった。小学生の頃私をいじめていた元クラスメイト達だった。真理子は四つん這いにさせられ頭を床に擦りつけ、何かを訴えていた。ある女子が真理子の頭を踏み付けると、ぐえ、という音がした。それが真理子の声だと理解するのに数秒を要した。私は足がすくんで動けなかった。何も出来なかった。ただその光景を見詰めているだけで精一杯だった。真理子が横腹を蹴られ床に転がった時、こちらを向いた真理子と目が合った。その瞬間私は走り出していた。頭の上で上がる花火の音が、私を責めているようにも聞こえた。
 これからどうしよう、誰かを呼んで真理子を救い出さなければ、そう思いながらも何処に行けば良いのか分からなかった。三ヶ月の間、真理子以外の人間と殆どまともに喋ったことがなかった私は、知らない誰かに話し掛け救いを求めることなど不可能に等しかった。どうしようどうしよう、そうぶつぶつと呟きながら、出店で賑わう大通りを何度も行ったり来たりした。
 一時間近く花火は上がり続けた。花火が頭上で弾けるたびに、私の頭の中は真理子のあの縋るような目でいっぱいになった。
 花火大会が終わった頃、私はようやく神社に戻った。真理子を助けなくては、と思った。例え何も出来なくても巻き込まれることになっても、真理子のことを見捨てることなどしてはいけないと思った。
 神社に戻ると、真理子は石段に座り込みさっきまで花火が上がっていた藍色の空を見上げていた。元クラスメイトの女子達の姿はもう無いようだった。恐る恐る近付いて行くと、私の存在に気付いた真理子はいつもの笑顔を作って私の名前を呼んだ。
「真理子、逃げるよ」
 一瞬だけ意味が分からないといった表情を見せたが、賢い真理子はすぐに私の言葉の意味を理解したのだろう。満面の笑みを浮かべ、うん、と頷いた。私たちはそのまま最終電車に乗り込んだ。
「今度こそ一緒に花火見ようね、ね」
 そう笑う真理子の手をぎゅっと握ると涙がどばどば出て来た。心配そうに顔を覗く真理子と目を合わせると、真理子もぎゅっと手を握り返してくれた。
 気付くと真理子は隣で寝息を立てていた。温かい真理子の手を握ったまま窓の外の真っ暗な景色を見ていると、私たちは何処へでも行けそうな気がした。これが夢で終わりませんように、そう願いながら目を瞑ると、いつの間にか私も眠ってしまっていた。


(2008/7)
 

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プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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