六月某日、火曜日。
コンビニの前でうずくまっていた少女を拾う。少女は自分の名前を知らないと言い、自分がどこから来て何故コンビニの前に座り込んでいたのかも分からないと言う。縋るような目つきでこちらを見上げる少女をそのままにしてはおけず、私は家まで連れて来てしまったのだ。
雨に濡れ冷たくなっていた少女を浴室に連れて行き着ていたものを全て脱がすと、無数の青痣と幾重にも重なる赤い傷、その上に広がるかさぶたで少女の白い体は滅茶苦茶だった。私は少女を風呂に入れ、体を洗ってやった。傷口に石鹸が染みるのか、少女は時折顔をしかめていたが、痛みを訴えることなどはせず大人しくしていた。風呂から上がり私が持っているTシャツの中でも一番小さなサイズのものを着せると、少女は床に寝転がり眠ってしまった。熟睡した頃を見計らい、私は少女を自分の布団まで抱えて行って寝かせた。少女は翌日の朝まで眠り続けた。
六月某日、木曜日。
気象庁が梅雨入りを発表したと夕方のニュースで報じていた。例年より一週間ほど早いらしい。窓ガラスの向こうは淀みきった曇り。ここ三日間ほどはずっと雨続きだったので、梅雨入りしたという事実にも何の疑問を持つことはない。
フローリングの床には、飼い猫のルーと少女が穏やかな寝息を立てて転がっている。少女はよく眠る。その姿を見ているだけで私の体中に安堵が広がる。少女の頭を撫でると、柔らかい毛が手のひらに絡み付いて来た。自然と口元が緩む。幸せである。
六月某日、金曜日。
少女と食料品の買い出しに、近所のスーパーまで出掛けた。手を繋ぎ雨上がりのアスファルトの上を歩いていると、少女は浮かれたようにスキップを始めた。つられて私もスキップをすると、少女はこちらを見上げて微笑んだ。白い八重歯がきらりと光る。何故だか私は急に泣き出しそうになってしまった。少女に悟られないよう無理矢理笑みを作り、正面を見据えると虹が出ていた。
「見て、虹が出てる」
指を差し少女に教えてやると、喜びの声をあげ子どもらしくはしゃいだ。嬉しくなった私は少女を肩車して歩いた。その日の虹はなかなか消えなかった。
六月某日、水曜日。
梅雨の中休みとでも言うのだろうか、午前中からよく晴れていた。庭に出て布団を干す私の隣で、少女は地面に落書きをしている。
「これがルーで、これがおじちゃん」
少女は私を見上げニコニコと嬉しそうに笑った。赤と白の水玉柄のワンピースから突き出た白い腕に走る幾つもの傷がとても痛々しく見えた。私は少女を抱き上げ高い高いをしてやった。きゃっきゃっと声を上げる少女に傷だらけの体はとても不似合いだ。
布団を取り入れた直後、夕方からぽつぽつと雨が降り出し、夜には激しい嵐になった。少女は雷を怖がり、私にしがみついて震えながら眠りに就いた。明け方まで私は眠ることが出来なかった。少女の美しい寝顔を眺めながらうとうとし始めた頃には、雷も止み雨は上がっていたようだった。
六月某日、日曜日。
少女を連れて電車に乗った。行先は、県内で唯一の遊園地だ。遊園地は初めてだ、と少女は言った。そしてとても喜んでいた。
「おじちゃんありがとう」
と、感謝の言葉までも口にした。私もとても嬉しくなった。この少女を手放してはいけない、とさえ思えた。私がこの手で守っていかなくては、と。
帰りの電車の中で少女は眠ってしまった。少女の寝顔を直視することは出来ず、私は一人でひっそりと泣いた。少女の小さなリュックサックの中からタオルを取り出し涙を拭くと、少女のにおいが鼻から全身へと広がって行った。余計に涙が止まらなくなった。気が付けば駅を一つ乗り過ごしてしまっていた。
七月某日、水曜日。
朝になっても少女は目覚めなかった。まだ少しだけ熱が残る布団と、少女の赤い血が染み込んだ枕に顔を埋めて泣いた。これが初めてではなかった。でも、今度こそ上手く行くはずだと心のどこかで思っていた。それなのに。
私にはやはり不可能だったのだ。今更それを改めることなどもう出来ない。
七月某日、木曜日。
虹を見た。梅雨明け間近の、よく晴れた暑い日のことだった。雨が降った形跡すら無いのに、どうしたことだろう。暫く虹を眺めたあと、庭の大きな桜の木の下に、私は少女を埋めた。今年に入って四回目の出来事だった。既に息をしていない少女はとても美しく、きらきらと輝いて見えた。
線香を立て少女に手を合わせたのち、ルーの鳴き声が聞こえたので家の中に戻った。空腹を訴えるルーの頭を撫で、ドライフードを茶碗に入れてやる。私が熱いシャワーを浴びているうちに茶碗は空になっていた。私はとても満足した。
(2008/6)
ただのメモです。