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世界の終わり。
2024年05月21日 (Tue)
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2009年05月21日 (Thu)

 あの頃の僕達は小さな田舎の無力な中学生で、勉強も部活も全てがだるくて億劫で面倒臭くて、でも拒絶する気力すら無くて、ただ毎日を平々凡々と、与えられた課題をひたすらこなすことでそこに立っていられた。
「あいつんち、本当のママじゃねーんだぜ」
「あいつの弟、あいつと血繋がってねーんだぜ」
 同級生の陰口も、教師の体罰も、どうでも良かった。全てが忍耐と継続。余計なお世話だ、お前らに関係ねーよばーか、そう思い言い聞かせているうちに日々は勝手に過ぎて行った。そう、どうでも良いのだ。
 血の繋がっていない弟が五歳を過ぎた頃、
「シネ」
 そう僕に唾を吐いた。その日から、この土地も、学校も、空も海も、僕の目に映る全てのものが色褪せて見える。僕達はとても狭い世界で生きているのだという事実に、その瞬間気付いたのだ。男子中学生というのは、この社会においてあまり重要な存在ではない。息を潜め、ただ時が過ぎるのを待つ。それが一番賢い方法だと、僕は知らないうちに学んでいた。
 しかし、それでもやはり思春期特有の思考回路というものも僕の脳内には組み込まれているらしく、生きる意味とか自分の存在価値とか考えちゃったりして、答えが出ない自分に苛立つ自分に自惚れて、何だかんだで今日も呼吸を止められずにいる。痛々しいったらありゃしない。十年後思い出して頭を抱えることは必至だ。でもそんな自分がちょっと好き。思春期だ。青春だ。だから許してくれ。
 殆ど家に居ない父親と、まだ若い継母。生意気な弟。
「僕の居場所は何処にあるの?」
 なんてことは考えない。考えれば考えるだけ虚しくなることを知ってしまったからだ。
 早く大人になって家を出よう。世界中で毎日何十万と死んでいる途上国の子ども達より、僕はきっと幸せだ。だから、きっと大丈夫。この考え方はとても卑怯だということも僕は知っているけれど、その辺りは見て見ぬふりをする。

 放課後、薄汚れた指定靴を履いていたら、クラスメイトの水野という女子に呼び止められた。水野とは特に親しい会話をしたことも無かったのでひどく驚いたが、急いで家に帰ってもどうせやること無いしな、と思い下校を共にすることにした。
 僕と水野は世間話をしながら歩く。今月末に行われる期末テストの話や、好きな音楽の話、先月からずっと学校に来ていないクラスメイトの話。とてもどうでも良い話だ。しかし水野は楽しそうにけらけらと笑っている。雨上がりのアスファルトの匂いが僕は好きだと思った。
 学校の真裏にある公園に差し掛かった時、水野が急に足を止めた。先程までの笑顔が一瞬にして消え、真面目な顔をして僕に訊ねる。
「吉田君はさ、世界に終わりが来ることってあると思う?」
 一瞬考えたフリをした後、思うよ、と僕は答えた。何だそれ、新手の宗教か?沈み掛かった夕日が逆光になり、水野の顔がよく見えない。
「私の世界はね、明日終わるの。明日私は私じゃ無くなるんだ」
 だから何、という気もしたが、水野の黒い髪が夕日にきらきらと反射して綺麗だったし、水野は実は物凄い巨乳の持ち主かも知れないという事実に気付いてしまったので、話を聞くことにした。水野は続ける。
「うち離婚したの。お母さんが外に男作って出てっちゃって、お父さんはお酒の飲み過ぎで入院するみたいで。私施設に入れられるみたいなんだよね。最初はいとこの家に預けられる予定だったんだけど、皆嫌がってて断られちゃってさ。ていうかいきなりだよ。ひどくない?」
 淡々と言葉を並べる水野の顔に憂いは無い。そりゃひどいね、と言うと水野は笑った。

 僕達は冷たい公園のベンチに座り、日が落ちて辺りが暗くなってからも話を続けた。
 水野の巨乳に触れてみたい気持ちが何度か暴走しそうになったが、何とか理性が勝った様だ。よく頑張った、と自分で自分を誉める辺りが大変僕らしい。
 公園の時計は二十時を回り、そろそろ帰ろう、と水野が言った。うん、と立ち上がった僕の右手と水野の冷たい左手が触れる。
 月は雲で隠れて見えなかったけれど、錆びた街灯が水野の顔を照らしてくれた。僕は水野にキスをした。その時の水野の横顔があまりに綺麗だったからだ。
 乾燥した僕の唇が温かい水野の唇に触れた時、泣きそうになってしまったことは秘密にしておく。他人と繋がりを持つことがこんなに温かいということ、僕は今まで知らなかったのだ。

 僕達は手を振って別れた。ようやく出て来た月の下で、明日世界が終わっても僕はきっと後悔しないだろうな、と思った。早過ぎる最終電車の音を聞きながら、帰宅する。

 無力な僕達は、明日も変わらず呼吸を続けるだろう。世界の終わりは、まだ来そうに無い。


(2007/5)
 

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[05/22 くろーむ]
プロフィール
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原発牛乳
年齢:
39
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女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


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