忍者ブログ
2025.03│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
世界の終わり。
2025年03月15日 (Sat)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2009年05月21日 (Thu)

 名前を呼ばれるたびにどきどきした。
「青木さん」
 次は私の番なんじゃないかって、次のターゲットは私に回って来るんじゃないかって。
「ねえ、絵里子。聞いてる?」
 蛇に睨まれた蛙、というのはこういう状況なのだろうか。四面楚歌、とかそんな感じ。
「分かるよね?」
 目の前の女は胡散臭い笑みを浮かべて指をさす。始まり、だ。
 だから女子校なんて嫌だって言ったのに。皆と同じ公立中学校に行きたい、って何度も言ったのに。
「私立の方が安全なんだから」
 何が安全なの?お母さん。私、今、絶体絶命の危機に曝されてるっていうのに。
 目の前の女の言いなりになってしまう自分がひどく悲しい。閉ざされた教室。こもった笑い声。救世主はやって来ない。
「おいおい、青木は初めてなんだから手加減してやれよー」
 呑気過ぎる声が頭の上を通過する。学級崩壊。学校ぐるみのいじめってやつ?死んだ魚の目をした大人たち。
 うつむいたまま立ち上がると、がたん、と大きな音を立てて椅子が引っ繰り返った。勢い余って椅子を倒してしまったようだ。
「いったーい」
「青木超やる気じゃん」
「まじ何なのこいつ」
「ぎゃはははははははははははははっははははははははっは」
 教室の後部、ロッカーの前。誘導されるように私の前の道は拓かれている。にやにや気持ち悪い笑みを浮かべたクラスメイトの女たち。昨日まで、私もあそこに居たんだ。
「せーの」
 オイハギ。ってどういう漢字書くんだっけ?寒いよお母さん。私の制服返して。
「下着くらい上下揃えろよー」
「うっわこいつぼーぼーじゃん。毛の処理しろよー汚ねーなー」
 皆必死。次は自分の番かも知れないから。怖いのは皆一緒。一緒なんだよ。
「先生お願いしまーす」
 ネズミ色のスーツが近付いてくる。汚い顔。にやにやにやにや。今何時?学活の時間、だ。よね?
「青木は初めてかー?」
 かちゃかちゃかちゃ。先生そのベルト、合皮ですか?かちゃかちゃかちゃかちゃ。余計なことは考えない。思考を止めることが最善の方法だって知ってる。スイカみたいにでかい顔。突き出た腹。デブ。キモオタ。ロリコン。
 紺色のチェックのトランクス。盛り上がった下腹部。変態。変態。変態。
「くすくすくす」
「絵里子めっちゃびびってる」
「先生!絵里子はまだ処女なんで優しくしてあげてくださーい」
「きゃははははははははははは」
 あんただって初体験の相手はスイカだったくせに。それに私はもう処女ではないのだ。こんなスイカにヤラレルくらいなら売ってしまえ、って。高く買ってくれたよ、あそこの学校の校長先生は。
 開かれる私の内部。皆興味津々。これで何人目の犠牲者?ロリコン変態おたく教師が、死ね。
「んー?なんか濡れてるなー。青木は感じてるのか?変態だなー」
 ぐちゃぐちゃぐちゃ。荒々しく掻き混ぜられる私の内臓。卑しい目をしたスイカの太い指がずんずんずんずん、奥まで。
「よーし、皆ー、いいぞー」
 ぎらぎらぎら。皆私の中身を知りたくて仕方がない。でも、もうちょっと、優しく扱ってくれないかなあ?乳房がもげちゃいそうだよ。
「宮本ー、ちゃんと参加しないと次はお前の番だぞー」
 教室の端っこでびくびくと震えているのは誰?でもあの子はきっとターゲットにはされない。可愛くないもん。太ってるし。顔中ニキビだらけだし。ああ、私ももっと不細工な顔で生まれれば良かったのに。遺伝子のばかやろう。
「よし次ー」
 私の内部に入ってくる、冷たいナニカ。何だろう?あー、ポスカか。
「青木は処女のくせにガバガバじゃないか、二本も入ったぞー」
「先生ー!次はピンクがいー!」
「よし三本目いくかー」
 痛い。痛い。痛い。けどここで声を出したら負けだ。妙に負けず嫌いな私の性格と、サービス精神、が。
「青木絵里子は先生のおもちゃです。言え!」
 お決まりのセリフ。声が出ない。出すもんか。
「青木絵里子は先生のおもちゃです。言え!」
 頬に熱い衝撃。小さな手のひら。手加減無し。見開かれ強張った笑み。前回のターゲットだった春山さんだ。こないだまで教科書見せてくれてたけど、きっともう見せてくれないんだろうなあ。
「あおきえりこはせんせいのおもちゃです。早く!」
「あ、お、き、え、り、こ、は、先生のおもちゃです!はい!」
「アオキエリコハセンセイノオモチャデス」
 唇からこぼれ出たそれは勿論本心なんかじゃない。そんなのあなただって気付いているでしょう?
「よし、よく言った!皆、拍手!」
 嬉しくない喝采、笑い声。あー、このまま死んでしまえたら。てか皆死ね。
 唇に押し当てられる鉄のように熱い棒。鼻先をつく異臭。早く終わらせてしまいたかった。だから私はそれを飲み込んで。
 記憶なんて曖昧なものだが、確か四歳だった、ような。いとこのお兄ちゃんは十歳くらい年上で。初めて精液を飲んだ。その後おしっこも飲んだ。美味しくなかった。
 小学生の頃、母が再婚した。新しい父親は優しかった。一緒にお風呂に入ると、いつも優しく体を洗ってくれた。脚の間は、特に丁寧に。
 私の貴重な処女を捧げたあそこの学校の校長先生は、私を縛り上げ、何度も頬を殴った。何度も何度も、私の叫び声を耳にするたびにそこを膨らませて、無理やりねじ込んで射精した。でも一万円札を五枚もくれた。
 私が知っている男のそれはいつもはち切れんばかりに誇張していた。硬くて、熱くて、変な味がした。だからこんなのは慣れっこだ。いつも通りにしていれば、全て時間が解決してくれる。
「よーし、じゃあ入れてやるからなー」
 体を真っ二つに裂かれるような感覚。ってのはありきたり過ぎるか。ひりひりひり。ずんずんずん。はあはあはあはあはあはあはあはあはあ。
 閉じた瞼の上にぽたぽたと何かが落ちた。汗?デブだから汗かくのか、そうか。
「はあはあはあ、よし青木ー後ろ向け」
 私は黙って尻を突き出す。ぬらぬら、ぐちょぐちょ。痛い、痛い。
 不意に口元に何かが触れた。柔らかな唇。宮本さん、あなたはそこまでしなくてもターゲットにはならないから大丈夫だよ。
「おー宮本やるなあ、先生興奮して来たぞー」
 泣きそうな顔をしている。かわいそうに。宮本さん。あなたはきっと痩せれば可愛い。
 ずんずんずんずん。単調な動き、好奇の視線、冷たい床、内臓の痛み。
「あっ、はあっ、出る、青木、出るぞ!口開けろ!」
 生臭い液体。拍手喝采、再び。
「よーし、よくやったぞ青木!これでお前も立派な先生のおもちゃだ!後ちゃんと片しとけよー」
 ネズミ色のスーツが教室のドアを開け、去っていく。私は走り出す。全裸で。口から汚い体液を流しながら。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 投げたのは黒板消しクリーナーだった。見事にヒット。ネズミ色のスーツがピンク色の粉で染まる。私はそのままスイカに馬乗りになり、黒板消しクリーナーを振り落とす。ごっ、ごっ、ごっ。コンセントで首を絞める。スイカは咳こんでいる。やめろ、とか言っている。教室中に響き渡る悲鳴。誰の声が一番大きい?
 いつの間にか私とスイカの周りにはセーラー服の人だかりが出来ていて、すすり泣く声、笑い声、罵詈雑言、何やかんや大騒ぎになった。一人だけ全裸の私は少し恥ずかしかった。でも、気分は最高に爽快だった。何度も何度も唾を吐く。ネズミ色の背中に。
 頭が割れて脳みそっぽいものが出てきたころ、どこかの教室の先生がやってきて私を取り押さえた。私は笑うしかなかった。スイカは死んだみたいだ。ざまあみろ。
 その後私はやっと制服と下着を返してもらえた。手のひらに付いたチョークの粉と血液が混じってひどいことになっていた。お風呂に入りたい。お母さんに何て言おうかなあ、なんて考えていたら、涙と笑いとが止まらなかった。ドラマでもこんなのねーよ、って自分で自分を突っ込んだあとダッシュで大人の手を振り切って窓から飛び降りた。脱出成功。
 次のターゲットは、誰だろね?

 

(2009/1)
 

PR
2009年05月21日 (Thu)

 花火を見に行こう。そう誘って来たのは真理子の方からだった。真理子とは幼稚園に通っていた頃からの幼馴染みだが、真理子の中に花火を連想させるイメージが全く無いに等しかったので、とても驚いた。何というか、真理子は他の子とはちょっと違う子だった。浮いている、と言えば良いのか、変わっている、と言った方が正しいのか。とにかく昔から少し、いやかなりぶっ飛んだ子だった。花火を見たがるなんてそんなこと、永久に有り得ないことだと思っていた。だから驚いた。
 真理子は何をやらせても完璧にこなす子どもだった。勉強も出来たし足も速かった。歌も絵も上手かった。それなのに、真理子はしょっちゅう授業を抜け出して校庭で一人遊んでいた。大量のセミを捕まえて筆箱に入るだけ入れ、泥だらけで土足のまま教室に戻って来たこともある。教室は一瞬にしてパニックに陥ったが、真理子は全く動じずに一匹ずつセミを教室に放していった。先生の言うことなんて耳に入っていないようだった。怒られても本人はその自覚が無いため効果が無い。結局そのうち誰も相手にしなくなり、先生さえもが真理子を見て見ぬふりをするようになった。それでも真理子はずっとテストで百点を取り続けたし、足も速いままだった。授業中の一人遊びをやめることもなかった。
 私はクラスの中で唯一、真理子と話をする女子だった。会話は噛み合わないことの方が多かったが、なぜか真理子に惹かれていたし真理子の自由奔放さに憧れてもいた。そんな私から、クラスの女子は少しずつ距離を置くようになっていった。真理子と話すだけで私まで変わり者扱いをされたのだ。私は真理子のように頭が良いわけでも足が速いわけでもなかったので、それがいじめに変わるのに時間は掛からなかった。私と変わらず会話を続けてくれるのは真理子だけだった。
 中学校に上がった直後、両親が離婚した。私は母に引き取られたのだが、一日中働き通しの母とのすれ違いも多くなり、部屋に閉じこもったまま学校にも行かなくなった。母は私を咎めることはせず、好きにさせてくれた。ただ現実を直視したくなかっただけかも知れないけれども。
 真理子はよく学校帰りに家に寄ってくれた。中学に上がって多少落ち着いたのか、意味のある会話も少しずつ出来るようになった。真理子はいつも大袈裟な身振りを加えながら学校のことを話してくれた。私を元気付けようとしてくれているのだと分かった。真理子の前で涙を流すと、真理子は私をぎゅっと抱き締め頭を撫でてくれた。余程びっくりして慌てたのかとても荒い動作ではあったが、私は嬉しくてまた涙が出た。真理子だけが私を許してくれる存在だった。真理子さえ居れば他に何も要らないと思っていた。
 花火大会に誘われたのは、学校に行かなくなった年の夏休みのことだった。部屋の外に出ることに戸惑いや不安はあったが、真理子と一緒なら大丈夫、という強い自信もなぜかあった。真理子と花火大会というとても不釣り合いな組み合わせに驚いたが、真理子が花火を見てどんな反応を示すのかにも興味があった。八月頭の土曜日、私は三ヶ月以上振りに家の外に出た。
 毎年川沿いで行われるその花火大会に行くのは、小学三年生の夏休み以来だった。その時は両親と一緒に手を繋いで歩いた。真理子と手を繋ぐことはなかったが、気を遣いながらゆっくりと歩いてくれる真理子に優しさを感じた。
 日も暮れ始め、花火が上がるのを河川敷に立ち待っていると、急に真理子の姿が見えなくなった。私はどうして良いか分からず、真理子の名前を何度も呼んだ。真理子を探して辺りを歩き回った。どうしようもない嫌な予感がした。
 河川敷から少し離れた神社の前を通り掛かった時、頭の上で大きな花火が上がった。真理子も何処かで同じ花火を見ているのかと思うと涙がこぼれた。早く真理子を見付けなくては、そう思いながら神社を覗いてみると、境内の奥に人影が見えた。それは真理子に違いないという妙な確信が生まれた。
 暗闇の中、目を凝らし見てみると、真理子と思しき人物の周りには数人の女子の姿があった。小学生の頃私をいじめていた元クラスメイト達だった。真理子は四つん這いにさせられ頭を床に擦りつけ、何かを訴えていた。ある女子が真理子の頭を踏み付けると、ぐえ、という音がした。それが真理子の声だと理解するのに数秒を要した。私は足がすくんで動けなかった。何も出来なかった。ただその光景を見詰めているだけで精一杯だった。真理子が横腹を蹴られ床に転がった時、こちらを向いた真理子と目が合った。その瞬間私は走り出していた。頭の上で上がる花火の音が、私を責めているようにも聞こえた。
 これからどうしよう、誰かを呼んで真理子を救い出さなければ、そう思いながらも何処に行けば良いのか分からなかった。三ヶ月の間、真理子以外の人間と殆どまともに喋ったことがなかった私は、知らない誰かに話し掛け救いを求めることなど不可能に等しかった。どうしようどうしよう、そうぶつぶつと呟きながら、出店で賑わう大通りを何度も行ったり来たりした。
 一時間近く花火は上がり続けた。花火が頭上で弾けるたびに、私の頭の中は真理子のあの縋るような目でいっぱいになった。
 花火大会が終わった頃、私はようやく神社に戻った。真理子を助けなくては、と思った。例え何も出来なくても巻き込まれることになっても、真理子のことを見捨てることなどしてはいけないと思った。
 神社に戻ると、真理子は石段に座り込みさっきまで花火が上がっていた藍色の空を見上げていた。元クラスメイトの女子達の姿はもう無いようだった。恐る恐る近付いて行くと、私の存在に気付いた真理子はいつもの笑顔を作って私の名前を呼んだ。
「真理子、逃げるよ」
 一瞬だけ意味が分からないといった表情を見せたが、賢い真理子はすぐに私の言葉の意味を理解したのだろう。満面の笑みを浮かべ、うん、と頷いた。私たちはそのまま最終電車に乗り込んだ。
「今度こそ一緒に花火見ようね、ね」
 そう笑う真理子の手をぎゅっと握ると涙がどばどば出て来た。心配そうに顔を覗く真理子と目を合わせると、真理子もぎゅっと手を握り返してくれた。
 気付くと真理子は隣で寝息を立てていた。温かい真理子の手を握ったまま窓の外の真っ暗な景色を見ていると、私たちは何処へでも行けそうな気がした。これが夢で終わりませんように、そう願いながら目を瞑ると、いつの間にか私も眠ってしまっていた。


(2008/7)
 

2009年05月21日 (Thu)

 私の記憶は、あの日だけ抜けている。正確に言うと、あの日の十九時から二十一時の二時間だけ。その間の記憶が全く無いのだ。自分が一体何処で何をしていたのか、さっぱり思い出せない。
 その直前の記憶は、恋人のあおちゃんと電話で少し話したこと。今から行くから待っててね、そう言って電話を切った。
 次の記憶で私はあおちゃんの部屋の呼び鈴を鳴らしている。あおちゃんは私の姿を見て驚き、私の左腕を引っ張って部屋の中に入れた。
 何故だか分からないのだけれど、私は制服のワイシャツのボタンが上手く止められなかった。手が震え、無理矢理笑顔を作っても涙がぼろぼろと零れた。
 そんな私を見たあおちゃんは
「ごめんね、みーちゃんごめんね」
 と強く抱き締めてくれた。あおちゃんの首筋は石鹸の匂いがして、私はそのまま気を失ってしまいそうだった。

 その日から私は、家に帰っていない。学校にも行っていない。あおちゃんはずっと私の傍を離れないし、私もあおちゃんの傍を離れられない様な気がしている。
 この数日で、あおちゃんはひどく痩せてしまった。私はあの日の記憶を何度も思い出そうとするけれど、決まって具合が悪くなり中断してしまう。あおちゃんはそんな私を泣きそうな顔で見ている。
 私は一体どうしてしまったのだろう。何かあおちゃんを悲しませる様なことをしてしまったのだろうか。

 あおちゃんの部屋に居着いて一週間ほど過ぎた日の夜、私とあおちゃんはベランダに出て星を見ていた。その日のあおちゃんは、以前のあおちゃんに戻った様に笑い、沢山喋った。白く揺れるあおちゃんの煙草の煙を横目で見て、私はあおちゃんに出会えて良かったなあ、とぼんやり思ったりした。
 ふと、笑いながらあおちゃんが言った。
「みーちゃん、星になろうか」
 手を繋いで星座の名前の当てっこをしていた時のことだ。なれたら良いねえ、私はそう答え、あおちゃんの冷たい手を強く握った。
 あおちゃんはたまに物凄くロマンチックなことを言い出すのだ。あおちゃんの頭の中には今、幾つの星が浮かんでいるのだろう、と私は考える。そんなあおちゃんだから、私は大好きなのだけれど。
 あおちゃんの横顔に見惚れていたら、あおちゃんの目から何かが零れ落ちた。あおちゃんは手の甲で急いで拭っていたけれど、私は遂にあおちゃんを泣かせてしまったのだと悲しくなった。
 星になれたら、あおちゃんと星になれたら楽になるのかな。そう思いながら紺色の空を見上げると、鮮やかな星が一つだけ流れて行った。あおちゃんがようやく笑ったので私は安心した。その日の夜はあおちゃんの胸の上に頭を乗せたまま眠った。

 その翌日からあおちゃんは、星になる準備を始めた。私では無い誰かに宛てた長い手紙を何度も書き直したり、何十時間も掛けて部屋の大掃除をしたり、昔の友達に電話を掛けたり、東北にある実家に沢山の荷物を送ったり。
 私はそんなあおちゃんの手伝いを少しだけしたり、あおちゃんが好きなオムライスや唐揚げを沢山作ったり、五百ページ以上もある長い小説を読んだりして過ごした。
 あの日の記憶は喉元まで出掛かっているのにずっと突かえたままで、時折私の具合を悪くしてはあおちゃんに心配を掛けた。その時あおちゃんは決まって
「ごめんね、みーちゃんごめんね」
 と抱き締めてくれた。その度に私は、何だかとても申し訳無い様な気持ちになるのだった。
 もしかしたらあおちゃんは知っているのかも知れない。あの日あの時間にあったことを。でも私は聞くことが出来なかった。またあおちゃんを泣かせてしまう様な気がしたからだ。私の中に漠然と広がる不安にあおちゃんの涙が流れ込んで来たら、それこそ私は生きていられなくなる。怖くて聞けなかった。

 あおちゃんが星になる準備を始めて十日が過ぎた頃、あおちゃんは私を抱いた。私があおちゃんの部屋に居着いてから初めてのことだった。私の上で揺れるあおちゃんを見ていたら、少しだけあの日のことを思い出した様な気がする。でもすぐに忘れてしまった。
「このまま時が止まってしまえば良いのに」
 体が痛くなる程強く私を抱き締めながらあおちゃんは言った。そして私の中で大きくなり、果てた。
 相変わらずあおちゃんはロマンチストだなあ、なんてことを思いながら、私はあおちゃんの頭を撫でた。

 翌日、私とあおちゃんは電車に乗って出掛けた。行き先は分からなかったけれど、あおちゃんに聞くことはしなかった。あおちゃんとなら何処に行っても幸せになれると思ったからだ。
 はぐれない様に、とあおちゃんは手首と手首を紐で結んだ。えへへ、と笑う私の頭を撫でるあおちゃんの目は、優しい焦げ茶色をしていた。

 それから電車を何度も何度も乗り継いで、私とあおちゃんはこの場所へ来た。
名前は分からない。でも星が沢山見える、とても眺めが良い所だ。辺りはすっかり暗くなっていたけれど、あおちゃんの手の温もりが心強かった。
「みーちゃん、僕達も星になろうね」
 私は、うん、と頷く。
 一、二、三、と数えた後、私とあおちゃんは高くジャンプした。ゆっくりと降下する空気の中であおちゃんの顔を見ると笑っていた。目が合うと私も笑った。

 そして私は思い出した。あの日の記憶、二時間だけの記憶。
 私の上で動いているのがあおちゃんでは無かったこと、何度も何度もあおちゃんの名前を呼んだこと、恐怖、悲しみ、頬を伝う冷たい涙、汚れてしまった制服、無くしてしまったリボンとあおちゃんに貰ったピアス、夢であります様に、そう何度も願ったこと。

 あおちゃん、あおちゃん。
 辛い思いをさせてごめんね。
 あおちゃんと星になれて、私は幸せだよ。

 視界が歪み、体中に熱が走る。次に生まれて来る時も、あおちゃんに出会えますように。
 そして私とあおちゃんは星になった。


(2006/?)
(2008/8 ちょっと修正)
 

Prev3 4 5 6 7 8 9 10 11  →Next
最新コメント
[06/27 骨川]
[05/22 くろーむ]
プロフィール
HN:
原発牛乳
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/09/21
職業:
自由人
趣味:
眠ること
自己紹介:

ただのメモです。


ブログ内検索
最古記事