春日なな子十三歳、中学一年生。本日私は自ら命を絶つことに決めました。
いわゆる「自殺」というやつです。流行ってますよね、若年層の自殺。先日も隣の市に住む中学二年生の女子が特急電車に飛び込み自殺したというニュースを聞きました。明確な理由は報道されていませんが、おそらくいじめが原因であろうということです。あ、これはインターネットで知り合った中学三年生の男の子に聞きました。その子はたまたま自殺した女の子と同じ市に住んでいて、家も徒歩圏内だそうです。事故現場はかなり綺麗に後片付けされてはいるものの、未だに血痕とかが付いているらしいです。怖。
私ですか?私はですね、まあ様々な事象が重なって今回自殺を決めるに至った訳ですけども、一番の理由は、そうですねえ、今日が有り得ないくらい寒くて天気がめちゃくちゃ悪いからですかね。風がびゅんびゅん吹きまくってて、雨でも降れば良いものをなかなか降り出さずにぐずぐずと空はねずみ色に染まっているのです。私は曇りの日、もしくは悪天候、台風とか雷とかが大好きな女子なので、せめて自分が死ぬ日くらいは好きな天候のもとで死にたいと思ったわけです。別に今日じゃなくても良かったんですけどね、まあそのへんはほぼ勢いです。深い理由はありません。
え?私が自殺を考えるまでに追い詰められた理由が聞きたいんですか?まあねえ、それは話し始めると非常に長くなるわけでして。それでも聞いて頂けますか?ありがとうございます。
まずは母親からの虐待ですね。私を産んだ実の母ですよ。物心付いた時から常に
「あんたなんか産むんじゃなかった、とっとと死ねば良い、人間のクズだ」
と言われて育ちました。あ、別に母親は若くないですよ、今四十過ぎくらいです。若い親が虐待をするイメージというのは偏見ですね。虐待する人間は若かろうが年取ってようがするもんはするんです。
六歳くらいの頃に一回近所のひとに通報されて保護されたんですよね、私。児童相談所に何日間か居ましたが、すぐまた母親のもとに戻りました。母親が実家に帰るという条件付きで戻されたみたいです。それから二年くらいは祖母の家で生活していたのですが、虐待が軽くなったり無くなることは無かったですね。祖母は見て見ぬふりをしていましたし、世間的には母親は良い母親として振る舞うようになっていたものですから、再び通報されることもなかったです。唯一児童相談所に居た時だけは皆に優しくしてもらえて幸せでした。悲劇のヒロインを演じるつもりは無いですが、その時くらいですね、幸せだな、と思えたのって。
父親は居ません。実の父親の話は聞いたことがないです。私の勝手な憶測によると、強姦されて出来た子どもなんじゃないですかね。それか不倫で出来た子どもとか。でも好きな男との間に出来た子どもだったら少なからず愛情持って育てますよね。だから前者かな、有り得るとすれば。何で母親は私のこと産んだんでしょうね。謎です。
あ、一応義理の父親は居ます。でも私はあれを父親だとは思っていません。大体週のうち半分くらいは犯されてますしね。一緒に暮らし始めてからずっとです。もう二年くらいになるのかな、最初はすんごい痛くて本当に嫌で嫌で仕方がなかったけど、最近はもう何も感じません。痛いだとか悲しいだとか、そういう感情はもう一切無くなりました。早く終わらないかなー、くらいにしか思わないです。まあ二、三回きゅっきゅって締めてやるとすぐいっちゃいますけどね。常に中出しですよ。私まだ生理来てないんですよね。写真もいっぱい撮られました。
「これ学校中にばら撒かれたくなかったら言うこと聞け」
って言われて毎回やられてます。別にそんなこと言わなくてももう抵抗する気はないのに。普段は真面目に役所で働いてる公務員なんですけどね、義理の父親は。ばら撒いて立場が悪くなるのは確実に自分の方なのに、頭悪いですよね。
あとはですねー、まあありがちなんですけども学校でのいじめですね。ひどいですよ、女って怖いんですよ本当に。何考えてるか分かりませんもん。先が読めないんですよね。無視されるくらいなら慣れているので別にどうってことないんですけど、いきなり優しくなったと思ったら手のひら返したように暴力振るいますからね。この間は椅子投げられましたしね、女子数名に。制服ぼろぼろですよ。まだ一年も着てないのに穴開いてますし。有り得ないですよね。まあ言葉の暴力は当たり前のように毎日行われているので大して気にならないですけど、こう見えても一応私も一般的な感情を持った女子ですから、体や顔に痣とか傷が残るのは嫌です。あ、教室の後ろで同じくいじめに遭っている男子とセックスさせられた時は結構辛かったですね。だって相手の男子が泣いてるんですよ。いやいやこっちが泣きたいよ、って感じですよね。そのうち他の男子も発情しちゃって、皆が見てる前で輪姦されましたよ。視姦プラス輪姦ですよ。そこまでマゾヒスティックにはなれませんよ、この私でも。それからはほぼ毎日男子に輪姦されてますね。ええ、毎回中出しです。今の季節は外で全裸にされると寒くて死にたくなりますね。あ、死ぬんですけどね、今から。
学校の先生ですか?あんなもんはあてになりませんよ。皆やること上手いですからね、さっぱり気付かないんですよ。いや、気付いてるかも知れないんですけど、気付いてないふりをしてますね。一回若い女の先生が注意してくれたことがあったんですけど、次の週から先生学校来なくなりましたからね。うちのクラスの男子にまわされたみたいですね。可哀想なことをしたなあ、って先生には申し訳なく思います。でも助けようとしてくれたのは凄く嬉しかったです。その先生が初めてでしたから。
あーそういえば、一人だけ気付いてる先生が居ますね。担任なんですが。そう、担任なんですよ。こいつも本当に腐った男でですね、しょっちゅうやられてますね。ビデオ回されたり何か変なものを入れられたり縛られたり叩かれたり、いわゆるサディストってやつみたいです。変態ですよ。変態でロリコンで最低なやつですね。でもこいつはたまにお小遣いをくれたりごはんを食べさせてくれるので、それなりに演技してあげてます。わざとらしい声出したり「きもちいい」ってあげたり。気持ち良いなんて思ったこと一回もないんですけどね。お小遣いって言っても微々たる額ですよ。一回二千円とか。ごはんもマックとかファミレスが多いし。でもですね、たまに物凄く優しい顔をして抱き締めてくれるんですよ。そんで優しく頭撫でてくれちゃったりするんです。私のこと好きなんですかね。有り得ないですよね、腐れ外道のくせに。
ネットで知り合った男の子ですか?隣の市の?あー、最初は良かったんですけどね、今かなり粘着されてますね。ストーカーってやつですか、それもなんか違うかな。一回だけ会ったことあるんですよ。私が好きなアーティストのCD貸してやるから、って言われて会ったんですけど、当然の如くやられましたね。そんで私の体中に付いた傷についての説明を求められたので話したんですよ。あまり話したくはなかったんですけど話せって言うから。学校でまわされてることは言わなかったですね、何となく。そしたら何か勘違いしちゃったみたいで、いきなり
「俺が守ってやる」
みたいなことを言い出したんですよ。びっくりしました、だってさっき会ったばっかりなのに何でそんなことが言えるんですか?見ず知らずの人間を守ったり出来るほど暇なひとなのかなって思いました。笑。で、ですよ、私が明確な返事を出す前に勝手に盛り上がっちゃって、帰ってからもすんごい電話掛かって来るんですよ。メールとかも凄いし。それが毎日続いて、家が家ですから母親にまたそれが原因で煙草の火を押し当てられたりしちゃって。義理の父親にはやられる回数が増えたし散々ですよ。
「男が出来たんか、お前は下手に色目使わんと俺の便所になっとけばええんじゃ」
とか言われて、それも多大な勘違いなんですけどね。迷惑だし色々と気持ち悪くなる内容のメールとかも増えちゃって、着信とかメール受信の拒否をしたんですよね。一応相手にもはっきり言ったんですよ。でも言えば言うほど勘違いが加速して行って。埒があかないので思い切って拒否したら、次の日から毎日学校の前に立つようになりました。そんで家までついて来られて、家の裏にある公園でやられてます。
「俺はお前のことが好きなんだ、お前は黙って俺の言うこと聞いてれば良いんだ、毎日学校から家まで送ってやってるんだから有り難く思え」
って言われてるんですけど、そんなもんなんですかね。ていうか頼んでないですしね、私。勘違いも甚だしいですよね。どういう思考をすればそこに辿り着くのかが不明ですよね。あ、男って皆そうなんですか?ひどいですね。
あー、なんか愚痴っぽくなっちゃってすみません。長かったでしょう?まあ他にも細かいことがあったような気がするんですけど、忘れました。笑。大まかな理由はこんな感じです。
世の中には生きたくても生きられないひとが沢山居るのに、私って本当にわがままですよね。私より不幸な生き方をしていても頑張ってるひとは沢山いるのに。でも現実逃避したいんですよね。私って生きるのに向いてないと思うんです。社会不適合者ってやつですか、よくわかんないけど。もし本当に輪廻転生というものがあるのなら、何の感情も持たない草とか花に生まれたいですね。
自殺の方法ですか?そうですねー、手っ取り早く飛び降りにしようかとも思ったんですけど、よく考えたら私高所恐怖症なんですよね。だから多分足がすくんじゃって上手く行かないと思うんですよ。今現在も結構怖いんですよね。こうやって歩道橋から車通りを眺めるのは嫌いじゃないんですけど。人間観察したりだとか、そういうことは結構好きなんですよ。電車に飛び込むのはこの間隣の市の女子がしちゃったし、先を越されちゃいましたね。業者のひともそう何回も女子中学生の轢死体なんて片付けたくないでしょうし、飛び込みは多分無いかな。薬は飲むのが大変そうだし、失敗したら悲惨ですよね。首吊りは一瞬だけど、なんか色々出るらしいじゃないですか。色々。汚いのは嫌だなー、ってどうせ死ぬんだから関係無いですか。手首切るくらいじゃ死ねないですよね。頸動脈も一緒に切っちゃえば良いかな、取り敢えず色んなとこ切って血いっぱい出すとか、でも痛いのは嫌だな…。わがままですか、すみません。一酸化炭素中毒が一番楽そうかな、とも思ったんですけど、中学生じゃ無理ですかねー。どうしましょうか。まあ、何か考えますよ。適当に。
やられまくりの人生も悪くないかなって思ったんですけど、そのうち生理きたら妊娠も怖いですしね。何の罪も無い赤ちゃん殺しちゃうのは可哀想だし、その前に私が死んじゃえば早いって話で。
そうですね、なるべく暗くなる前に死にたいです。寒くなるし、せっかく死んだのにいつまでも見付けてもらえないのは悲しいですから。あ、遺書は書いてから死ぬ予定です。まだ書いてないんですけど。文才無いから難しいんですよね。え、後ろ?
背中に焼けるような痛みが走った。どうやら私は何者かに背中、正確にいうと右寄りの腰の上辺りを刃物か何かで刺されたようだ。後ろを振り向く前に私の体はふわりと宙に浮き、気付いたら全身が強い力で吹き飛ばされていた。どん、とか、ぐしゃ、とか、日常的にあまり耳にしないような音が沢山頭の上で舞っていて、車のクラクションの音や誰かの叫び声が遠くの方で聞こえた。
状況から察するに、私は何者かに刺されたあと歩道橋から突き落とされて下を通っていた車に跳ね飛ばされたわけですね。踏んだり蹴ったりじゃないですか。最期くらい自分の好きなようにさせて下さいよ神様。
まあ、人生なんてそうそう上手くは行かないですよね。仕方ないか。結果的に私は死ぬことが出来たんだし、贅沢は言いません。
歩道橋の上に、鬼のような形相をした母の姿を見付けた。
体は歩道橋より大分遠くに飛ばされたはずなのに、なぜ母の姿が見えたのだろう。もう魂が体から離れちゃったのかな。お母さんもきっと色々辛いことがあったんだよね。大人しいひとだから誰にも言えなかったんだよね、私は知ってるよ。恨んで出て来たりしないから安心してね。十三年間育ててくれてありがとう。
私は今からどこへ行くのかな。取り敢えず暖かいところに生きたいなあ。まあ人間も悪いもんじゃなかったよ。散々な人生だったけどね。
それでは、お疲れ様でした。おやすみなさい。
(2008/3)
太陽くんの夢を見た。内容はよく覚えていない。でも、水があった気がする。あとは後ろ姿。虫眼鏡。断片的にしか思い出せないのはいつものことだ。上手く現実を直視出来ない私の性格が顕著に出ていると思う。
太陽くんと知り合って、もう随分経つ。まだ二人とも学生だった頃、ずる休みをした日の路面電車の中で初めて彼を見た。学生服を着た彼は、同じくセーラー服を着た私に親近感を覚えたのかも知れない。声は向こうから掛けて来た。適当な駅で降りて、日が暮れるまでくだらない話をした。
目が覚めたのは正午過ぎだった。遮光カーテンの向こう側ではとっくに世界が始まっている。取り残された、とは思わない。ごくろうさま、とは思うけれど。
夢の報告をしようと思い、太陽くんに電話をした。太陽くんは"不真面目な"会社員だ。私から掛かってきた電話を一度も取り損ねたことがない。
「もしもし」
「もしもし」
低く穏やかな声に、ひどく安心する。
強がっているつもりはないが、私は今の状態にもしかしたら物凄く焦っているのかも知れない。職は無く、恋人も配偶者も無く、連絡が取れる友達は皆無、親のすねをかじって引きこもり、才能も無い。
「自由は幸せなことだよ」
いつか太陽くんはそう言ったけれど、結局はただの甘えなのだ。そしてそんな自分を改めようとしないのは、自分が可愛いから。楽をしたいだけだから。ぬるま湯から抜け出すのが怖いから。それに尽きる。焦っているのは、このまま、腐った人間のまま一生を終えるのではないかということ。
「夢を見たの」
「何の夢?」
「太陽くんの夢」
「へえ」
太陽くんは感情をあまり外側に向けない人間だ。よく「へえ」と言う。興味が無いのかも知れない。でも、私はそれが嫌いじゃない。
私たちは昔同じ細胞だったのではないか、とたまに思う。私と太陽くんはよく似ている。顔が、とか、性格が、とか具体的なものではなくて、ただ何となく。強いて挙げるなら生き方が。
私と太陽くんは恋人も作らずにふらふらしている。
「作れない訳じゃない」
と太陽くんは言うし、私もそうだ。「作れない」のではなく「作らない」のだ。他人と近付き過ぎるのが怖い。まあ実際はそんなに大袈裟なものでもないのだが、他人のことで気を揉んだりするのが面倒臭いのだ。
面倒臭い。それが一番簡単で、的を得た答えだと思う。
似た者同士の私たちは、お互いを「恋人」だとは思っていない。買い物にも食事にも出掛けるし、キスもセックスもする。心もとない時には手を繋ぐ。不安に押し潰されそうな夜には抱き合って眠る。でも「恋人」が持つ権力――浮気しないで、とか、結婚しようね、とか、未来の約束とか――は持たない。束縛をする気が無いと言った方が良いのかも知れない。かと言って「友達」ではない。「兄弟」とも違う気がする。よく分からない関係なのだ。
「ねえ、ホタルを見たくない?」
夢の話をしたあと、ネコの発情についての考察を披露していたら、唐突に太陽くんが言った。太陽くんになら話をぶった切られても許せるのは何故だろう。互いの感情がそこに存在しないからだろうか。
「ホタルなんてどこにいるの?今二月だよ?」
受話器の向こう側で太陽くんが静かに笑ったのが分かった。口の端を少しだけ持ち上げ、にやり、と。悔しいので私も笑ってみる。久し振りに顔の筋肉を動かしたので、頬が攣りそうになった。
翌日、私たちはホタルを見るために高速道路を走っていた。"不真面目な"会社員である太陽くんは「父が危篤で」とずる休みをしたらしい。太陽くんの家は母子家庭なのに。
RADIOHEADを入れた私のMDはところどころ音飛びしていて、車内は変に落ち込んだ空気で満ちていた。私も太陽くんもあまり口を開かなかったが、悪い雰囲気ではない。これくらいの距離が心地良いのだ。それを理解してくれる人間を、私は今のところ太陽くんしか知らない。
日が暮れ始める頃、ようやく目的地に着いた。私はそれまでどこに向かっているのかも知らされていなかったのだが
「昔おばあちゃんの家があったんだ」
という山の奥地の畑のど真ん中で車は停まった。車を降りて体を伸ばすと、背骨がばきばきと鳴った。吐く息は白く、空気はとても冷たい。清潔な感じがして気持ちが良かった。
「ごめん、ホタルなんて嘘」
小さな声で太陽くんが言う。何を今更分かり切ったことを言っているのか。
「うん、知ってた」
笑いながら振り向くと、太陽くんは赤と紺が混じりあった空を見上げながら泣いていた。夕日の所為か、顔は真っ赤だった。
「例えば、例えばさ、『止まない雨はない』とか『春が来ない冬はない』とか言ったりするだろ。でもそれって本当なのかな。ずっと降り続ける雨も、春が来ない冬も本当は存在するんじゃないのかな」
太陽くんの真意が見えずにしばらく突っ立ったまま動けないでいると、遠くで「夕やけこやけ」のメロディーが聴こえた。空は徐々に暗くなり、妙な寂しさが心臓を締め付けて行く。
「それを信じて生きるのはいけないことなのかな、それに縋って生きるのは悲しいことなのかな」
太陽くんの涙を見たのは初めてのことだった。私はただ何も出来ず何も言えず、突っ立っていた。
それはつまり太陽くんの生き方そのもので、私自身が目を背けて来た私の生き方でもあった。現実を直視出来ない私はそんなことを考えたことすら無かったけれど、きっと太陽くんは不安だったのだ。私よりずっとずっと繊細に出来ているのだろう、太陽くんは。男の子が泣く姿を見たのも初めてだった。
ひとしきり泣いたあと、太陽くんは無理矢理笑顔を作って
「帰ろう。ごめんこんなところまで連れて来て」
と私の手を取った。見上げた横顔は、もういつもの太陽くんに戻っていた。
「夏にはちゃんとホタルが見えるんだよ。また夏に見に来よう」
私は頷いて返事をする。
「あ」
「あ?」
運転席に乗り込みながら、太陽くんは私の方を見た。腫れぼったい目が痛々しかった。
「もしかして初めてじゃない?そんな約束したの」
「そうだっけ」
私たちの関係は近付いたのだろうか、遠ざかったのだろうか。
「生きることってさ、そんな簡単なことじゃないじゃない。死のうと思えばいつだって死ぬことは出来るし、いくらでも逃げ道はあるのに、『ちゃんと生きよう』『こう生きよう』と思って生きることは難しいんじゃないかな。誰かに決められるものでもないし、自分が良いと思うならそれが正確なんだよ。後悔したらやり直せば良いんだよ。生きているうちはやり直せるんだからさ」
昔どこかで誰かに聞いたセリフと同じような言葉を太陽くんに捧げていたら、まるで自分自身に言い聞かせているようだと思った。太陽くんは口の端を少しだけ持ち上げて
「ありがとう」
と言い、私たちは来た時と同じ道をゆっくりと帰った。
車内では相変わらずRADIOHEADが音飛びをしている。来た時よりもほんの少しだけ饒舌になった太陽くんは
「トムヨークも粋な歌い方するね」
と穏やかな口調で呟いた。
帰ったら、二週間振りに部屋の掃除をしよう。気力が湧いたら求人誌を買いに行こう。湧かなかったらもう少しモラトリアム期間を満喫しよう。生きていればどうにかなるさ。出来ることからすれば良い。トムヨークだって生きているし。太陽くんだって生きている。
高速道路の高い塀の向こう側にはちらちらと街の灯りが見える。
「ほら、ホタル沢山いるよ」
そう指差すと太陽くんはばつの悪そうな笑みを浮かべ、
「へえ」
と言った。
(2007/6)
ただのメモです。