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  <title type="text">おとつい死んだ赤目の魚</title>
  <subtitle type="html">世界の終わり。</subtitle>
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  <updated>2009-05-21T00:06:22+09:00</updated>
  <author><name>原発牛乳</name></author>
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    <published>2010-12-20T16:08:03+09:00</published> 
    <updated>2010-12-20T16:08:03+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>何もない</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[「かわいそう」<br />
　あの子は私にそう言った。<br />
「あなたには何もないから。守るべきものも、失うものも、得られるものも、与えられるものも、何もないじゃない」<br />
　赤い傘にくっついた桜の花びらを見ながら、私は考える。少なからず何かしら、私の中に存在するであろう価値のあるものを、思い出そうとする。少しだけ頭が痛くなる。頭蓋の内側がみしみしと音を立て始め、頭の中に描こうとしたそれらのものを自動的に塗り潰していく。<br />
　桜の花びらは、雨に濡れてべったりと傘に張り付いている。<br />
　私には、名前がない。私の名前を誰も呼ばない。きっと誰も私の名前を知らないのだと思う。私ですら知らないのだから、私以外の人間が知っているということ自体がそもそもおかしい。<br />
　私は、名前がないことを今まで知らなかった。そんなこと、一度も考えたことがなかった。あの子には名前がある。誰しもが知っている、あの子だけの名前が存在する。それが私にはない。<br />
「何もない」<br />
　言葉にして放り投げると、あの子は笑ってそれを受け取った。<br />
「何もないの。あなたには何もないのよ」<br />
　繰り返しその言葉を投げたり受けたりしていると、どうやらそれが真実のように思えてくる。私には、何もない。<br />
　視界の端で、雨に濡れた花びらが桜の木からぼとりと落ちる。雨は先ほどよりも弱くなった。あの子は傘を差していない。白く透けた制服に、雨粒が染み込んでいく。<br />
　私には、友達がいない。家族がいない。恋人も、ペットもいない。私と社会を繋いでいるのはあの子だけ。でも、あの子は私の何なのかと聞かれたら、何でもないと答えるだろう。知人でも、友達でもない、ただの人間。<br />
　薄い闇が私とあの子の上に落ちてくる。薄紫色の空が、冷えた空気と夜を連れてきて、背中がひやりと凍える。<br />
「何もない」<br />
　時間が流れる。いつまであの子はそこに立っているつもりなのだろう。そして私はいつまでここに立っていれば良いのだろう。わからない。私には時計もない。時間という概念もない。ひたすら時が流れ、場面が変わるのを待っているだけ。<br />
　では、考えてみよう。今日、この時間、あの子に出会うまで、私が重ねてきた日々の生活について。<br />
「何もない」<br />
　驚いた。私には記憶もない。記憶と呼べるような、意識の沈着、積層が何一つない。今、この瞬間よりも前のことについて覚えていることが何もない。<br />
　その事実は私に何よりも大きなショックをもたらした。息が苦しくなる。呼吸に合わせて肩が上下する。目の前に光のかけらが舞い、倒れてしまいたいのに体が動かない。力が入らない。横にすらなれない。<br />
　あの子の顔が徐々に歪んでいく。美しい顔は原型を失って、ぐるぐると渦を巻きながら顔のパーツを削ぎ落としていく。<br />
「何もないの」<br />
　乾いた声が鼓膜に届くと、あの子は私に近付いて耳元で囁いた。<br />
「かわいそうだからあなたに全部あげる」<br />
　あの子が私の中に入ってくる。何度も吐きそうになりながら、あの子を私は受け入れる。あの子の体がぐにゃんと曲がって、細長い体がのどの奥を通り抜ける。呼吸が出来ない。見上げた空に星が浮かび、冷たい雨が顔に降りかかる。目を閉じるとあの子の顔が浮かんだ。あの子の顔には、顔がなかった。<br />
　私はあの子になる。あの子の持っているものすべてを手にいれる。何もなかった私はあの子を手に入れて、あの子になった私には何かが生まれるだろう。何か。私が持たなかったたくさんの事柄、名前、友人、恋人、家族、記憶や感覚、制服に溶けた雨粒の一つが、私のものになる。果たしてそれは祝福すべきことであろうか。いや、そんなことは愚問だ。ゼロからイチになった私にとって、それはもうどうでも良いことだ。<br />
　あの子の体が完全に私のものになると、強い風が吹いて桜の木が大きく揺れた。花びらは舞い、湿ったアスファルトの上に音もなく落ちる。<br />
　傘の上の桜の花びらを手に取り、口に入れ、ゆっくりと飲み干す。なくなってしまったあの子に花を手向けましょう。あの子が好きだった桜の花を。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/12)<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>原発牛乳</name>
        </author>
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    <published>2010-12-20T00:53:38+09:00</published> 
    <updated>2010-12-20T00:53:38+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>僕はおっぱい</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　あかん、今気付いてんけど、僕、頭のねじ一個はずれてる。<br />
　どこに置いてきたんやろ。さっきまではあってんで。なんかちょっと頭疲れたなって、頭痛ひどいしちょっと緩めとこかーって思ったら、いつのまにか無くなっててん。緩めたつもりがどっか落としてしもたんやろか。あかん、あかん、これはやばい。<br />
　僕な、ほんまは埼玉県出身やねん。埼玉生まれの埼玉育ち、小学校の時に二年間だけ群馬の前橋てとこあるやろ？　あそこに住んでてんけど、今は大宮に住んでるし、生粋の関東人なん。それやのにな、こんな中途半端な関西弁もどきみたいなんしか出てこーへんねん。標準語がしゃべれへんくなってん。絶対ねじがはずれたせいやで。ああもう、ほんまにどうしよう。<br />
　あ、ちょっと待って、よく見たら僕、左手の小指が無い。<br />
　うわ、めっちゃ血出てるやん。めっちゃ血出てるやん。ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、落ち着いて、誰か僕にこの状況説明して。何で僕の小指無いん？　僕の小指どこ行ってしもたん？　うわー血出てるわー。これじゃ赤い糸結ばれへんがな。僕一生ひとりもん確定やん。想像したくないけど一生童貞かも知れんな。いややー絶対いややー。女の子とエロいことしたい。おっぱいさわりたい。ちんちん舐めて欲しい。あーもう小指&hellip;&hellip;、僕の小指、どこー。<br />
　ああ頭のねじも無いし小指も無いし、何でこんなんなってんやろ。今日のめざまし占い、乙女座は一位やってんけどな。<br />
「思いがけない運命の出会いがあるかも！？　うどんを食べると吉」<br />
　て言うてたやんか。うどんなあ、なんか腹減ったな。うどんでも食いに行こかー。ってここどこやねん。何やねんここ。何でこんな、え、何で？　僕の目がおかしなったんかな？　全部ピンク色やねんけど。あそこ、木、生えてるな。うん、そこ。葉っぱ、ピンクいな。木の幹、濃いピンクやな。何なん？　葉っぱは緑色が定説やろ。幹は茶色が普通やろ。木の種類とか季節によって多少変化はあるかも知れへんけど、ピンクはないやろ。<br />
　ていうかここは、ピンクい木以外何もあらへん。うわなんかめっちゃ腹減ってきた。何も無いってわかった途端に胃袋が収縮し始めるとか、反則やろ。あーこのまま腹減って死ぬんかなあ。餓死って一番辛いって言うよなあ。お腹が空き過ぎて死ぬとか、ほんま切ないで。切なすぎるやん。<br />
　んん、ちょっと待って。これ、もしかしたら食べれるんちゃう？　下に落ちとる葉っぱ、なんか美味しそうに見えてきたで。人間の本能って言うんかな。順応性っていうの？　そういうのん発揮するべき時なんと違うの、今。<br />
　お？　いける？　いけるいける。甘っ！　これチョコレートやん。葉っぱの形したイチゴ味のチョコレートやん。甘っ！　のど渇くわ。小指から垂れよる血がぶがぶ飲んでも圧倒的に水分足りひんわ。でもチョコレートは非常食になるって言うよな。じゃあこっち、幹の方はどうなん？　硬っ！　幹かったいなー。しかもめっちゃ苦い。これはないわ。間違いなくカカオ百パーセントやわ。葉っぱ一択やわ。<br />
　はー。とりあえずお腹はちょっと膨れたし、歩いてみよか。<br />
　あれ、僕、靴履いてなかったっけ？　コンバースの、黒いオールスターの。高校の時からずっと履いてるやつ。もうぼろっぼろやしそろそろ替えようかなって思っててんけど、僕、靴もどっかに忘れてきたんかな。もう長いこと履いてるから結構愛着湧いてたんやけどなあ。新しいの買えってことかな。うん、来週バイト代入るし新しいの買いに行こ。<br />
　ていうか靴と一緒に僕の脚も消えてるやん。もー、何なん。なんか腹立ってきた。何で僕の脚、膝から下がどろどろなん。めっちゃ溶けてるやん。ありんこが出来るんが唯一の僕の自慢やったのに、スネ毛も溶けてるやん。<br />
　うそーもうやめてー。冗談きっついわー。よく考えたらさっきよりなんか視界が低なったなーって思ってんけど、足が溶けとったなんて予想外やったわー。もうコンバースの靴買いに行かれへんやんか。今度はちょっと冒険して柄もんにしたろかな、って思ってたのに、モテない男はおしゃれすることすら許されません、ってか。悲しいなあ。世知辛いなあ。って、おおおおお。<br />
　うっわ、何、今の何？　なんか赤いの飛んできた。えっ、ちょっ、痛い痛い何？<br />
「おにいさま！」<br />
　誰？　何？　これか？　何でこの赤い玉はしゃべってんの？<br />
「おにいさま！」<br />
　いやいや僕、弟しかおらへんし。妹属性無いし。<br />
「おにいさま！」<br />
　これはどっから声出てんねやろ。触ってみる？　いきなり爆発とかせえへんよな。<br />
「あんっ！」<br />
　えええええっ。何こいつ。何こいつ。<br />
「おにいさま！」<br />
　しつこいな。裏側どうなってんの？<br />
「ああんっ！」<br />
　なんか出っ張りがあるな。引っ張ってみよか。<br />
「いやあああらめええええ！」<br />
　痛ったー。痛ったー、ほんま何。ばちーんて。ばちーんて言うたで、今。案の定爆発しよったがな。何やってん、あの、丸いの。って、うわわわ、めっちゃ飛んでくる。さっきの赤いのんいっぱい飛んできてんけど、何なんもう。<br />
「おにいさま！」<br />
「おにいさま！」<br />
「おにいさま！」<br />
「おにいさま！」<br />
「おにいさま！」<br />
　うっさいわ。誰がお前のおにいさまなんかになるかいな。黙れ。玉のくせにしゃべるな。<br />
　なんかもう腰くらいまで溶けてきてるし、赤い玉はぼんぼん当たって割れよるし、もうほんまにこのまま死ぬんかも知れん。<br />
　ねじ。ねじはどこ行ってんやろ。ねじさえ落とさんかったら僕、普通に生活してたはずやのに。普通。普通って何やねん。何が普通で普通じゃないねん。僕は普通じゃないんか？　普通の僕はどこに行ったん？<br />
　僕は、どういう生活しとったんかな。どうやって生きてたんかな。ねじと一緒に記憶まで落としてしもたんやろか。もう何も思い出せん。頭からっぽのまんま死んでいくんや。<br />
　死ぬ前にせめてセックスがしたかったな。別に可愛くなくていいから、お腹たぷたぷでもいいから、おっぱいなくてもいいから、僕のことをちゃんと好きな女の子のこと、愛してみたかったなあ。好きって言われてみたかったなあ。ちんちん舐めて欲しかったなあ。<br />
　あんなあ、頭、首の後ろんとこ、僕スイッチが付いてんねん。これ押すとな、しばらくの間勝手に意識失ってな、まあいつもやったら半日くらいで意識戻るねんけど、ん？　いつもっていつや。ああああもう知らん。わからん。僕に聞くな。僕はもう僕じゃないねん。こんなん僕とは言わせへん。僕はもっと、僕は、僕は&hellip;&hellip;。<br />
　あかんなあ、僕は僕のことすら思い出せへんくなってしもうたわ。僕は誰なん？　僕はどこに行ったん？　ねじと一緒に僕も落としてしもたんかなあ。僕はなあ、うん、おっぱいが好きや。小さいおっぱいも、大きいおっぱいも、僕はみんな好きや。それはなんか、覚えてる。僕はおっぱいやったんかな。うん、もう僕おっぱいでいいよ。<br />
「おにいさま！」<br />
　まだ飛んできよるがな。いや、あれ、色変わってるな。あれもピンク色になってる。もしかしてあれ、おっぱいと違う？　なんか出っ張ってるとこだけ色濃いし、もしかしてあの出っ張りって、乳首ちゃう？<br />
「おにいさまあああああああああああ！」<br />
　そん時なあ、僕、間違えて首の後ろのスイッチ押してしもてん。間違えて、というか、その乳首がな、僕のスイッチにぴったりはまってん。びっくりしたわ、ほんま。せやから、記憶がここまでしか無いねん。<br />
　僕が誰やったか、君は覚えといてくれる？　僕はおっぱいやで。忘れんといてくれたら嬉しいなあ。今度会った時、母乳ぴゅぴゅっって掛けたるわ。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/12)<br />
<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>原発牛乳</name>
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    <published>2010-12-20T00:51:14+09:00</published> 
    <updated>2010-12-20T00:51:14+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>スクールゾーン</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　空が落ちてくる。そう思った瞬間にはもう遅かった。 <br />
　濃いねずみ色の空は音も立てずにゆっくりと、僕の頭上に落ちて来た。周りの大人たちは何食わぬ顔で僕をどんどん追い抜いて行く。大人になると見えなくなるものがある、といつかママは言っていた。大人たちには空が見えないのだろうか。 <br />
　空は、手を伸ばせばすぐに届く場所まで迫って来ていた。僕がいるこの世界は大きな箱で、その上に重しの石をのせられているかのように錯覚した。 <br />
「水っちゃん！ 帰ったらすぐグラウンドに集合な！」 <br />
　同じクラスのよっちゃんが僕のランドセルを勢いよく叩き、走り抜けて行く。正直僕はそんなことをしている場合ではなかった。きっと家に着くまでに空は地面に落ちてしまうだろう。僕は空とアスファルトに挟まれて、ぺしゃんこに潰れてしまう。それはとても怖いことだった。でも、どれくらい怖いことなのか全く想像がつかなくて、それがまた不気味だった。 <br />
　よっちゃんの背中を眺めながら、ランドセルの肩ひも部分をぎゅっと握り締めると、目を強く閉じたままその場に立ち尽くした。あと数秒もすれば僕の頭のてっぺんに空がくっつくはずだった。 <br />
<br />
「何やってんの」 <br />
　聞き覚えのある声がして、僕は思わず目を開けた。声の方向へ振り向くと、同じ登校班の篠原さんが立っていた。篠原さんは僕より二学年上の四年生だったけれど、僕と同じくらいの身長しかなく、いつも一人で黙々と歩いている女の子だった。 <br />
「早く帰らないと、鬼が来るよ」 <br />
　篠原さんは諭すような口調で言った。僕の目をじっと見つめ続けているので、少しだけ怖くなり、その場から逃げ出してしまいたくなった。 <br />
「鬼？ 鬼って何？」 <br />
何か言葉を発しようとして、とても間抜けな質問をした。言ってからとても後悔した。 <br />
「鬼を知らないの？ 空から降って来る妖怪だよ。こういう曇りの日は鬼が出やすいんだ。早く帰らないと鬼に食べられちゃうんだよ」 <br />
　篠原さんは表情を変えずに、真面目な顔をして言った。僕はまだ小さな子どもだけど、鬼や妖怪が実在しないものだということは知っていた。篠原さんはそれを信じているのだろうか。 <br />
「ほら、早く帰りな」 <br />
　篠原さんにランドセルを強く押され、僕は家に向かって歩き始めた。空は僕の頭のすぐ上で止まったまま、もう動いてはいなかった。 <br />
　少し歩いてもう一度振り返ると、篠原さんは知らない大人と話していた。幼稚園に通っていた時に読んだ絵本に出てきた赤鬼にそっくりな大人だった。鬼に手を引かれて、篠原さんはタバコ屋さんの角を曲がって行った。 <br />
　僕はすぐ上の空を見上げた。この空から鬼が降りて来て篠原さんを連れて行ったのだと思うと、今まで感じたことのない恐怖が全身を駆け抜けた。耳を塞ぎ、半目を開けたり閉じたりしながら家までの道を歩いた。 <br />
<br />
　玄関の前で、ママがサルビアに水をやっていた。赤いサルビアはママが一番好きな花だ。その色は篠原さんのランドセルと同じ色をしていた。 <br />
「おかえり」 <br />
　僕の姿に気付くと、ママはいつものように声を掛けた。僕はママに向かって思い切りダッシュをした。半目のまま、手を耳に当てて。呼吸がばらばらになって、心臓がひねり潰されたように痛かった。 <br />
　ママのエプロンに顔をうずめると、涙は勢いよく溢れ出した。 <br />
「もー、どうしたの？ 何か怖いことでもあった？」 <br />
　笑いながらママは僕の頭を撫でてぎゅっと抱きしめる。顔を上げると空はもうずっと上の方にいた。濃いねずみ色からほんのりと青みを帯びた色に変わり、季節外れのセミたちが遠くで泣き始めた。 <br />
<br />
　空が墨汁をぶちまけたみたいに真っ黒に染まった頃、家の電話が鳴った。学校からの連絡網だった。 <br />
「えっ、みゆきちゃんが？ &hellip;はい、&hellip;はい、分かりました。明日は休校で、はい」 <br />
　篠原さんの下の名前はみゆきだった。嫌な予感が僕の体中を蝕み、胃の奥からアリを潰した時のようなすっぱいにおいがこみ上げて来た。ママの表情を見て、僕は嫌な予感が当たったことを知った。 <br />
「同じ登校班の篠原みゆきちゃん、四年生の。川で溺れて亡くなったんだって」 <br />
　次の瞬間、僕の上にまた空が落ちてきた。今度は物凄い速さで、大きな音を立てて。ママの声も何も聞こえない。 <br />
　僕は篠原さんの赤いランドセルと、赤鬼みたいな顔をした大人のことを思い出していた。空が大きな口を開けて僕を飲み込もうとしている。耳鳴りが近付いたり遠のいたりして、僕の心は空に潰されて、二度と会えない篠原さんの顔が浮かんでは消え、ぐしゃぐしゃになった頭を抱えて震えが止まらなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/11)<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>原発牛乳</name>
        </author>
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    <published>2010-12-20T00:44:40+09:00</published> 
    <updated>2010-12-20T00:44:40+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>18時間の彼女</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　電光掲示板の表示が消えた。僕と彼女は顔を見合わせ、 <br />
「終わったね」 <br />
　と同時に呟いた。彼女の顔は呆けたようにぼんやりと表情が無く、これから先のことを考えているのか、それとも何も考えていないのか、読み取ることは不可能だった。 <br />
「行かなきゃ、ね」 <br />
　僕が言うと、彼女の細い指先が僕の手のひらに食い込んだ。行きたくない。そう言いたがっているのはよく分かった。でも彼女はうつむいてこくりとうなずいた。その動作はコマ送りにした写真のようにゆるやかでぎこちなく、全身から悲しみのオーラが滲み出ていた。 <br />
「じゃあ、行く」 <br />
　聞き取れるか聞き取れないかギリギリの、小さな小さな声で彼女は言った。僕の顔を見ようとはせず、茶色いブーツの爪先をずっと見ていた。 <br />
「ありがとう、もう大丈夫です」 <br />
　僕の手を離した彼女は抑揚の無い声でそう言うと、何も言わずにただこっくりこっくりと何度か首を縦に振った。不自然な敬語と涙を堪えてうなずく動作は強がりな彼女の最後の合図だと僕は知っていたけれど、僕にはもうどうすることも出来なかった。 <br />
<br />
　彼女は、地球から遥か遠く離れたある星からやって来た。地球に滞在出来る時間は十八時間と決まっていて、これから百八十年かけて自分の星に帰る。彼女が住む星の住人の平均寿命は五百歳程度らしいけれど、彼女が自分の星に着いた頃にはもう生きているかどうかも分からない。もちろん僕は彼女よりずっと早く死を迎える。次に産まれてくる時は、せめて同じ星に生まれることを願うだけだ。 <br />
　彼女は十八時間の間僕のそばを離れず、何度も何度も「好き」という言葉を僕に投げた。元来極度の恥ずかしがり屋で、今まで付き合った女の子たちにもろくに「好き」だなんて言ったことのない僕も、この時ばかりはと何度も彼女の言葉に応えた。 <br />
「僕も好きだよ」 <br />
「大好きだよ」 <br />
「愛してるよ」 <br />
「ずっと一緒にいたいね」 <br />
「ずっとずっと忘れないよ」 <br />
　今までの僕なら絶対に言えなかった言葉たちが、彼女を前にするとごく自然に飛び出してきた。彼女は僕の言葉を受け取ると恥ずかしそうに顔を赤らめ、僕の体に触れてキスをせがんだ。その仕草がとても愛しくて、僕は幾度となくこぼれ落ちようとする涙を必死で堪えた。せっかくの貴重な時間を涙で汚すことはしたくなかった。<br />
<br />
　彼女の体には穴があった。その星に住む人間の特性らしくお腹の部分がぽっかりとドーナツみたいに丸い穴が開いていた。穴の大きさは直径五センチほどだろうか。屈んで穴を覗き込むと向こう側が見えた。彼女にとってそれはとても恥ずかしいことであるらしく、全身を真っ赤っかにして首を横に振った。僕はそんな彼女に欲情し、体中に口をつけた。 <br />
　彼女が地球に来た目的は繁殖のためだった。地球人との子どもを産み育てることは、彼女の星ではとても名誉なことであるらしい。僕はただの種馬でしかなかった。でもこんなにも可愛いらしく愛しい彼女との間に子どもを残すことが出来て、遠い遠い星で僕の遺伝子が生き続けるということは、SFマニアの僕にはたまらないことだった。 <br />
<br />
　耳元でごうごうと風の音が聞こえた。旅立ちの合図だ。彼女がポケットから取り出した小さな塊はあっという間に膨らみ、僕の実家の一軒家くらいの大きさになった。彼女はこれに乗って帰るのだ。 <br />
「またね」 <br />
　彼女は最後に僕の顔を見ると、無理矢理笑顔を作って見せた。その顔から目玉が落ち、僕の手の上に落ちた。彼女の体はどんどん溶け始め、やって来た時と同じようなどろどろの半固体状になってしまった。それでも真ん中に開いた穴だけはそのままで、僕が覗き込むと、青かった彼女の体は赤く染まった。 <br />
「ありがとう、またね」 <br />
　僕がそう言うと、彼女の体は大きく上下に動き、僕の足元には一瞬にして大きな水たまりが出来た。 <br />
<br />
　彼女が帰ってしまうと、僕はまた元の生活に戻った。大学で眠くなる授業を受け、居酒屋でアルバイトをし、可愛い彼女も出来た。 <br />
　十八時間の彼女のことは夢だったのではないのかと、未だに思ってしまう。でも、机の隅に置いた彼女の目玉が時々ぎょろりと動くのを見て、彼女のことを思い出す。そして僕の遺伝子を持った異星の子どものことも。<br />
<br />
「あのな、私な&hellip;」 <br />
　新しい彼女の裸を見て、僕は目を疑った。信じられないことに、彼女は乳房が八つあった。それぞれの大きさはBカップくらいしかなかったけれど、恥骨の隣に付いた乳房を前にすると妙に興奮した。 <br />
「私、ずっと黙ってたけど、実は人間じゃないねん。化け猫なんよ。君よりずっと長く生きてる。ごめんな、嫌いになった&hellip;&hellip;？」 <br />
　僕は首を横に振り、彼女の体を強く抱きしめた。その拍子に飛び出した二つの耳を舐めると、彼女は猫みたいな声で喘いだ。八つの乳房を愛撫しながら、次に生まれてくる時はせめて人間に好かれたいと思った。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/11)<br />
<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>原発牛乳</name>
        </author>
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    <published>2010-12-17T16:48:37+09:00</published> 
    <updated>2010-12-17T16:48:37+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>幸せ家族ライフ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　今日、テレビ局の人が家に来た。毎週土曜日、朝九時四十五分から放送している『幸せ家族ライフ』という十五分の番組に、私の家が紹介されることになったからだ。健康食品の会社が提供しているその番組は、この地域の家族を毎週ひと組取り上げて家族自慢をする、という内容のものだった。<br />
　テレビ局の人はニコニコ笑いながら<br />
「良いおうちですねえ」<br />
　とお母さんに言い、お母さんも普段は滅多に見せない笑顔を浮かべて<br />
「ええ、まあ」<br />
　と答えた。「ねえお父さん」なんて実際には私と血が繋がっていない三軒隣の宮川さんに笑いかけ、宮川さんもニタニタ気色の悪い表情を顔面に張り付けて<br />
「ええ」<br />
　と笑っていた。<br />
　妹の美穂は、お風呂場に閉じ込められたまま一昨日から出て来ない。私は宮川さんに連れられて初めて銭湯に行ったけれど、知らないおじさんたちに体中をじろじろと見られてとても恥ずかしかった。中には<br />
「可愛いねえ、お嬢ちゃん」<br />
　なんてべたべたとお尻を触ってくる人もいた。舌を噛み切ってこの場で死んでしまったらみんなびっくりするかな、なんてこと思いながら、私はただ宮川さんの言うことを聞いて、黙ってお風呂に浸かっていた。<br />
　テレビ局の人は一人だけだった。ハンディカムを持って家の中を撮影し、何だかやたらとお母さんを褒めちぎっていた。その顔がとても気持ち悪かった。吐き気を催した私がトイレに駆け込むと<br />
「すみませぇん、この子ちょっと今日体調悪くて」<br />
　とお母さんが謝っているのが後方で聞こえた。その声のどこにも謝罪の念はこもっていないようだった。<br />
　最後の食事が昨日の給食だったから、丸一日以上何も食べていないことになる。当然、吐き気はすれど黄色い胃液しか出て来なくて、のどの奥が焼けつくようにひりひりした。リビングからお母さんと宮川さん、テレビ局の人の笑い声が聞こえる。何がおかしいのだろう。何に対して笑っているのだろう。頭の奥の方がぼーっとして、便器に顔をうずめたまま起き上がれなくなってしまった。<br />
　どれくらい時間が経ったのか、私の名前を呼ぶ声で目が覚めた。ゆっくりと顔をあげると、一年くらい前から行方不明になっているおばあちゃんがトイレのドアを開けてこちらを見ていた。<br />
「まゆみ、もう大丈夫やで」<br />
　おばあちゃんは血の付いた斧を右手に持っていて、いつも着ていた白いかっぽう着は赤黒く染まっている。<br />
「おばあちゃん、今までどこに行ってたん？」<br />
「まあまあ、そんな話は後でええがな。おばあちゃんと一緒においで。美穂ちゃんもな」<br />
　トイレとお風呂場を繋ぐ洗面所で、ぺたんと座りこんでいる美穂の姿が赤いかっぽう着の後ろに見えた。美穂の目はうつろで、体は衰弱しきっているようだったけれど、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。<br />
「おばあちゃん、その斧は何？」<br />
　ふらふらになりながらもおばあちゃんの手を借りて立ち上がった。腰の曲がったおばあちゃんの目線は、私の目線とほとんど同じ高さだ。右手に持った斧を得意げに持ち上げると、<br />
「ちょっと虫を潰してきただけや」<br />
　おばあちゃんはにやっと笑った。<br />
「さすがおばあちゃんや！」<br />
　美穂は座ったままぱちぱちと拍手をした。血のにおいが充満する洗面所で、気分は徐々に高揚し始める。おばあちゃんは私に斧を渡し、よっこらせ、と言いながら美穂をおんぶすると、音のしない、薄暗い廊下を歩き始めた。<br />
　リビングの入り口で、裸の男の人が倒れていた。顔はぐちゃぐちゃで誰なのか分からない。宮川さんかテレビ局の人のどちらかだろう。おばあちゃんは鼻歌を歌いながら<br />
「久し振りに腰を伸ばしたら気持ちええなあ、やっぱり天袋は狭いわ」<br />
　と言った。私はこっそりリビングに入ると、素っ裸で寝転がっているお母さんの横に立って思い切り斧を振り上げた。お母さんの脚の間には、これまた素っ裸の男の人が突き刺さっていた。子どもの力でも腕くらいなら切り落とせるようだ。何度も何度も斧を落とし、お母さんを壊していった。<br />
「はっはっは、まゆみは強いなあ」<br />
　おばあちゃんの声がして我に返ると、体中が血まみれでびっくりした。その拍子に床に出来た血だまりで滑って腰をつくと、美穂がケタケタと声を上げて笑った。美穂の笑い声を聞いたのも久しぶりだった。<br />
「おばあちゃん、これからどこ行くん？」<br />
　小さな声で美穂が聞いた。<br />
「さあなあ、ゆっくり寝れるとこがええな。まあ、どうにかなるやろ」<br />
　玄関を開け、門をくぐると、私はおばあちゃんのかっぽう着の端っこをつかんで歩いた。夜風がひんやり気持ち良かった。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/12)<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>原発牛乳</name>
        </author>
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    <published>2010-12-10T02:44:00+09:00</published> 
    <updated>2010-12-10T02:44:00+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>夏の日</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　溶けてしまったバニラアイスにたかる黒いアリの列が、剥き出しの太陽の下で照らされている。<br />
　僕は躍起になっていた。一匹も余すことなく殺してしまおうと、白痴の子どものように足を鳴らす。何度踏み潰しても、足を地面に落とす直前でアリたちは散り散りに逃げていってしまう。影に反応して拡散するのだとしたら、アリたちは僕が思っているよりもずっと賢いということになる。こんなにも小さな体で、脳みそなんてどこにも無さそうな、恐怖という感情すら持ち合わせていないように見える下等生物のくせに。それがまた悔しくて、駄々っ子のように僕は地面を踏み続ける。どろどろの白い液体に自らの体を沈める黒い点が、僕の命よりも重たいなんてことはまず無い、と信じたい。<br />
　頭の上の太陽を見上げると、まぶたの裏がぴくぴくと痙攣を始めた。強過ぎる光。押しつけがましい、夏の太陽。耳の奥でずっと鳴り続けるのはセミの声。頭を振って振り落とそうとしても、決して消えることのない命の叫び、鼓動。<br />
　僕は夏が嫌いだ。理由のない苛立ちが止まないのも、根拠のない焦燥感に駆られるのも、全てこの暑さのせいに違いない。<br />
　縁側に寝転がった妹は、さっきからずっと動かない。眠っているのかも知れない。気を失っているのかも知れない。寝たふりをしているのかも知れない。死んだふりをしているのかも知れない。いや、本当に死んでしまったのかも知れない。僕が殺したのかも知れない。アリを殺すよりも簡単に、妹は死んでしまった。<br />
　妹の体をまたいで部屋に上がる。散らばったチラシの裏には、幾人ものお姫様が並ぶ。陽の当らない廊下は暗く湿っていた。セミの声が少しだけ遠ざかる。<br />
　誰もいない台所。ここだけは異空間のように、冷たい空気を纏ったまま、薄闇に暮れている。冷蔵庫が時々思い出したようにぶうん、と鳴る。壁の時計の音に気が付くと、ずっとそれを追いかけてしまう。僕の耳は僕のものなのに、僕の意識が届かないところで勝手に動いている。<br />
　母は祖母を病院へ連れていった。父は数週間前から帰って来ない。祖父はもう長いこと顔を見ていない。身動きの取れない体で離れに閉じ込められて、きっともう死んでしまっている。皆気付いているのに、気付かないふりをしている。白いシーツが汚物と血液で汚れていることを、一秒ごとに祖父の体が祖父のものでなくなっていくということを、この家に住む者は皆知っている。この暑さで腐乱した体から放たれる異臭が思いがけず鼻腔の奥を揺さぶることがあるというのに、それは気のせいだと思わされる。誰も何も言わないけれど、皆気付いている。皆知っている。疑問を持つことは許されない。<br />
　冷凍庫から氷を取り出し、口に含んだ。奥歯で噛み砕くと、じゃこじゃこと音を立てて溶ける。また口に含む。噛み砕く。一連のこの動作を繰り返し、数十分前の記憶を反芻する。<br />
<br />
　「じいちゃんの部屋行ってみるか？」<br />
　縁側で絵を描いていた妹に向かって言ったつもりだったが、それは独白みたいにむなしく畳の上を滑り落ちた。妹の傍らに置かれた食べかけのバニラアイスが、強い光に照らされて白く反射していた。<br />
「じいちゃんの部屋、行くか？」<br />
　僕はもう一度問うた。今度はきちんと妹の耳に届くように、さっきよりも大きな声で。妹はこちらを振り向き、首を横に振った。表情はなかった。いつもだ。妹は決して笑わない。絶対に泣かない。そして喋らない。言葉を知らないのかも知れない。意思表示は首の動きだけで事足りる。<br />
　妹は僕に背を向けて絵の続きを描き始めた。じいちゃんの部屋に行くつもりなど、最初から無かった。この家に二人だけで残された妹と僕だけの時間を共有したくて、秘密を作りたくて、その口実に過ぎなかった。<br />
　二つに結われた髪の毛が揺れるたび、胸の奥の方から何か得体の知れないものが込み上げてきた。その正体が何なのか分からず、ただ怯え、持て余し、自分の胃を取り出してひねり潰す妄想を何度も何度も重ねた。<br />
　すっぱい胃液が口の中を汚す。背中を伝う汗が、早く、と僕を急かす。セミの声が大きくなる。意識が、感情が、心が、脳が、僕の体から離れていく。<br />
「　　　」<br />
　僕は妹の名前を呼んだ。気だるそうな瞳が僕を見る。何かを言いたげでもあり、何もかもを知っているような顔をして、僕を蔑む。<br />
　体の下の妹は小さく、すぐにでも事切れてしまいそうなほど頼りなかった。力を込めるたび、抵抗するわけでもなく、じっと僕を見ていた。両の目玉が徐々に大きくなる。僕は力の緩め方が分からず、小さな体が伸びきってしまったあとも首を締め続けた。祖父が迎えた孤独な、緩やかな死と、妹の身に降りかかった兄の裏切り、突然の死。どちらが不幸だろう。どちらが幸せだろう。<br />
　眼球の裏側がじんじんと充血を始め、大きく息を吐いて僕は手を離した。妹はもう動かなかった。<br />
<br />
　口の中の氷が溶けきってしまう前に、冷凍庫を閉め、台所をあとにした。縁側に戻ると、妹はまだ横になっていた。僕は隣に寝転がり、目を閉じる。閉じたまぶたに容赦なく光がねじ込まれる。<br />
　動かない妹を抱きしめると、バニラアイスのにおいがした。小さな肩に歯を立てると僅かな抵抗を持ってゆっくりと食い込み、セミの声が止む日のことを、祖父の遺体が処理される日のことを考えながら、まぶたの裏の赤黒い光をぐるぐると回した。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/12)<br />
<br />]]> 
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            <name>原発牛乳</name>
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    <published>2010-12-07T00:56:25+09:00</published> 
    <updated>2010-12-07T00:56:25+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>続・雪の降った日</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p>　紫色の太陽が教室を照らしていた。乱視用の分厚い眼鏡越しに見る児童たちは皆黒く焼け焦げていて、思わず自分の体を確認してしまったほどだ。私の体に異常は何もなかった。スーツの裾が少しほつれていたけれど、これは大分前からのものだった。切っても切っても糸が飛び出してくる。<br />
「ちゃんと縫わないとだめなんですよ」<br />
　そう言った妻の顔を思い出そうと必死に記憶の回路を辿るが、いつまで経っても妻の顔には目がなく、鼻もなく、口も耳も眉もなかった。真っ平らな顔は黒く塗りつぶされていた。<br />
　私は教卓を離れ、教室の中を歩く。紫色の太陽は黒く焦げた子どもたちを容赦なく照らし、教室の中は物体が焦げたにおいとは別に、ポリエステルの洋服が、髪の毛が、人体が焼けた独特のにおいで満ちている。私が愛する死体のにおいとはまた違う、嫌いではないがあまり受け付けないにおい。<br />
　窓を開けると、紫色だったはずの太陽がじんわりと赤みを帯びているのが分かった。先ほどまで降っていた雪は既に溶け始め、赤紫色となった太陽に照らされ赤い水たまりを作っている。<br />
　深呼吸をした。冷たい空気が肺に満ちると、吐き気がした。耐えきれず、そのまま窓の下に吐瀉してしまう。給食のトマトスープとフルーツヨーグルトが混じった、桃色の吐瀉物がアスファルトの上を汚した。<br />
「先生大丈夫？」<br />
　思わぬ声に胃袋の収縮が大きくなった。大量の血液が吐瀉物の上に落ちる。<br />
「&hellip;&hellip;大木？」<br />
　声の主は大木という児童だった。授業中、お腹が痛いと言って保健室に行ったはずだった。<br />
「お腹は、いいのか？」<br />
　口のまわりを手の甲でぬぐいながら大木に問う。よく見ると大木は大木でないような、妙な違和感があった。<br />
「お腹？　何のこと？　それより何でみんな死んでるの？」<br />
　どうやら私の目の前に立っているのは、五年一組の、弟の方の大木のようだ。私が受け持っている兄の方の大木は、弟とは対照的に大人しく真面目で、決して私にこんなくだけた話し方をしない。<br />
「ねえ、何でみんな真っ黒になってるの？　死んじゃったの？　ナツキは？」<br />
　ナツキというのは兄の名前だ。大木は私のスーツをつかみ、なんで、なんで、と嗚咽を漏らした。<br />
「お兄さんなら保健室に行ったよ」<br />
　黒い髪の毛に手をのせ、ぽんぽんとたたく。大木は顔を上げ、一気に明るくなった表情で嬉しそうな声を上げた。<br />
「本当！？」<br />
「うん。授業中にお腹が痛いと言って保健室に行ったんだ。だからまだ保健室にいると思う」<br />
　大木は安堵の表情を見せた。<br />
「良かったあー」<br />
　大木は胸に手を当て、大げさに息を吐いた。そして、時間をかけてその表情は歪んでいった。私は男子の割に細いその首に両手をかけ、ゆっくりと力を込める。一体ぜんたい何が何だかわからない、異常な世界で唯一見つけたまともであろう人間に首を絞められて死ぬというのは、どれほどの困惑を招くのだろう。私はとても愉快な気持ちになって、わざと少しずつ力を加えていった。<br />
「&hellip;&hellip;っごぇっ&hellip;ぶっ&hellip;&hellip;ぼ&hellip;&hellip;」<br />
　色白の、子ども特有のすべすべした肌が、赤く染まっていく。いつの間にか声を出して笑っている自分に気が付いた。大木の体が力なくしなだれ、赤い顔が白色に戻っても、私は大木の首を絞め続けた。このままひねれば首が取れてしまいそうな気もした。<br />
　手を離すと呆気なく崩れ落ちた。足元に転がった、大木だった塊を見て、私は今日と同じように雪が降った日のことを思い出していた。<br />
<br />
　十二年前のことだ。今日のように朝からひどく冷え込んでいた日で、そのとき私はまだ教育実習生だった。卒業した高校で、二週間だけ数学の授業を教えていた。その頃はまだ小学校の教員になるつもりはなく、高校で数学を教えたいと思っていたのだ。<br />
「桜井先生って彼女とかいるんですか？　先生と仲良くなりたいです」<br />
　一人の女子生徒から小さく折りたたまれたメモ紙を、授業を終えて教室を出た直後に渡された。ポニーテールのよく似合う、小柄な、可愛らしい子だった。確かバレー部に所属していて、天野という名前だった。<br />
　実習のレポートを書き、翌日の準備をし、帰ろうとしたときに雪が降ってきた。二十二年間生きて来て、それが初めて見た雪だった。白くはらはらと儚げに舞うそれは、手のひらの上ですぐに溶けてなくなった。ひたすら雪に手を差し出す私の背後で、くすくすと笑う声が聞こえる。天野だった。<br />
「笑うなよ」<br />
　恥ずかしくなって愛想も何もなしに呟いた。天野はまだおかしそうに笑っていた。<br />
　私は昼間受け取ったメモ紙のことを思い出した。それまでは天野のことなど一切気にしたことが無かったし、教育実習の内容で毎日頭が混乱していて、それどころではなかった。メモ紙も、申し訳ないと思いつつ小さく破って職員室のゴミ箱に捨てた。<br />
「先生って、意外とかわいいところあるんですね」<br />
　天野の声はころころと跳ねるようにして鼓膜に届いた。その声は、私の中にあったひとつのつぼみを開花させるのに十分すぎるほどの湿り気を帯びた、美しい声だった。<br />
　私は天野に近付き右手を伸ばした。大きな両の瞳は不思議そうに私を見つめていたが<br />
「傘入れてくれない？　仲良くなりたいんでしょう？」<br />
　そう言うと顔を真っ赤にして嬉しそうにうなずいた。<br />
　ぼたぼたと傘の上に落ちてくる雪の中を、取りとめのない話をしながら歩いた。天野は東北の出身で、小学生のころまでは毎年雪を見ていたという。<br />
「東北の雪はもっとパサパサしてるんです。こっちの雪はなんか、ベトベトしてるっていうか&hellip;&hellip;」<br />
　傘に落ちる雪の音が異常に大きくて、ほとんど聞き取ることは出来なかった。それでも、天野の耳が異常なくらい赤く染まっているのはよくわかった。寒さのせいか、それとも。<br />
　私たちは海岸に沿って歩いた。海は荒れていたが、ねずみ色の空の中を舞う雪が白い波に飲み込まれていく様は、純粋に綺麗だと思った。<br />
「ちょっと休んでかない？　あったかいものおごるよ」<br />
　夏になると海の家が並ぶこの辺りの海岸には、使っていない古い小屋がいくつも建っていた。私は時々その小屋の中で一夜を過ごすことがあった。実家に自分の部屋がなかったということもあるが、それ以外に特に深い意味があるわけでもない。波の音だけが聞こえる、明かりも何もない暗い部屋の中で寝転がっていると、今はもう思い出したくないことや、嫌な記憶から逃げ出すことが出来た。無心になって波が打ち寄せる回数だけを数えていれば、小学生の頃のいじめも、母親の失踪も、祖父の自殺も、すべて無かったことに出来た。<br />
　私たちは潮風に当たり錆びてしまった古い自販機であたたかい缶コーヒーを二本買い、小屋の中に腰を下ろした。<br />
「意外と綺麗でしょ？　寒くないし」<br />
　私がそう言うと天野は、はい、とにこにこしながら答えた。缶コーヒーで意味もなく乾杯をして、私たちはまたどうでも良い話の続きをした。雪が当たらないせいか、先ほどよりも天野の声はよく聞こえた。<br />
「先生、今日はなかなか暗くなりませんね」<br />
　今となっては何がきっかけだったかは分からない。その声がきっかけだったのかも知れない。<br />
　言われてみれば、と小さな窓から外を覗くと、雪はいつの間にか止み、紫色の太陽が海を照らしていた。時計を見ると、午後六時を回ったところだった。<br />
　隣に立ち、同じように窓の外を眺めている天野の耳たぶに触れると、思いのほか冷たかった。天野は驚いた表情で一瞬身じろぎをしたが、すぐにすべてを覚悟したかのような顔でゆっくりと目を閉じた。<br />
　首に巻かれたマフラーを力いっぱい締め上げる。両手が私のコートに触れたが、しばらくすると体は芯を失ったようにだらしなく伸びた。閉じていたはずの目は思いがけない裏切りにより大きく見開き、声にならない声が私の名前を呼んでいた。<br />
　生まれて初めて雪を見た日に、私は初めて人を殺した。雪のせいだった、というのはきっと言い訳として通用するものではないだろう。しかし、雪が降らなければ私はきっと天野を殺すことはなかった。<br />
　マフラーを離すと、天野は大きな音を立てて床に崩れ落ちた。捲くれたスカートから突き出した白い脚に、私は興奮を覚えた。もう二度と動かない天野の上に馬乗りになり、頭のてっぺんから足の先まで執拗ににおいを嗅いだ。首筋を舌で舐め上げると、うっすらと塩味のきいた死人の肌の味がした。まだぬくもりの残る天野の膣内を指で掻き混ぜる。私はその行為だけですぐに射精してしまった。<br />
　いつの間にか辺りは闇に沈み、私はその夜、家に帰らず天野の死体と過ごした。死体を抱きしめて眠り、小屋の中に差し込む朝日で目が覚めた。隣で横になっている天野の死体を見ると、私はまたすぐに欲情した。硬くなり始めた体に無理矢理私自身をねじ込み、射精した。閉じた襞の中から精液が垂れてくるのを見て少しだけ我に返り、脚を閉じ、脱がせた制服を死体の上に被せた。<br />
　前日の昼から何も食べていなかったせいか、無性に腹が減っていた。私は天野を食べることにした。小屋に置かれていた斧で頭部、両腕、両脚を切り落とす。細かく切断したあと、持っていたライターであぶって少しずつ口に含んだ。今まで食べたことのない味が脳内を駆け巡り、飲み込むと胃袋の中で暴れるように熱を持った気がした。<br />
　それから私は長い時間をかけて天野を食べた。腹が膨れても構うことなく、口の中に目一杯突っ込み、咀嚼して飲み下した。<br />
　体を全て食べてしまったあと、頭部はしばらくの間部屋の隅に飾っておいた。<br />
「ただいま」<br />
　そう声を掛ければ<br />
「おかえりなさい」<br />
　と返ってくる気がして、大きく目を見開いたままの天野の頭を何度も撫でた。<br />
<br />
　足元に転がっている大木の死体を見ても欲情はしないが、さっき吐いてしまったせいもあるのか腹がぐうと鳴った。あれ以来、私は人の味を覚えてしまった。図工室に行けばのこぎりがあるだろう。子どもの肉はまだ食べたことがない。どんな味がするのだろう。<br />
　私は図工室に向かおうと、教室の扉を開けた。廊下には五年一組の児童の頭が転がっており、半分だけ開いた扉からは血まみれの子どもたちが重なって飛び出していた。<br />
　私は高鳴る胸を抑えきれず、扉の中をのぞいた。五年一組の教室はまさに地獄絵図と呼ぶにふさわしく、首の無い子どもたちが様々な方向を向いて横たわっていた。一歩中に入ると血のにおいで鼻腔がぶるぶると震え、喜びを表現した。<br />
　足元の血だまりをぴちゃぴちゃと踏みしめながら教室を一周する。窓のそばに黒い大きな塊が転がっていた。よく肥えたその塊は、五年一組の担任の山田先生のようだった。背中には私のクラスの大木がしがみついていた。私はしゃがんで大木の頭を撫でる。焦げた髪の毛が指に絡まってぱらぱらと床に落ちた。<br />
　その目線の先に、鎌を持った女子児童の死体が転がっていた。名札を見ると「天野」と書いてある。私は首の無い少女を抱き上げ頭を探した。三年生の時に担任を持っていたから、天野の顔は知っている。それはすぐに見つかった。<br />
　十二年前の天野の顔と少女の顔が、今重なる。私は再び腰を下ろし、天野の服を脱がし始めた。<br />
<br />
<br />
<br />
(2010/12)<br />
<br />
&nbsp;</p>]]> 
    </content>
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            <name>原発牛乳</name>
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    <published>2010-12-03T00:42:49+09:00</published> 
    <updated>2010-12-03T00:42:49+09:00</updated> 
    <category term="重い月" label="重い月" />
    <title>雪の降った日</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　めったに雪の降ることのない海のそばのこの町に、はらはらと白い綿毛のようなものが舞い落ちて来たのは、今日のお昼すぎのことでした。ずいぶん冷え込んでいましたし、どんよりとした灰色の空は今にも落ちてきそうで、教室の窓の外を雨よりも大きな、白い塊がふわりふわり舞っているのを見て、これは間違いなく雪であると、私を含むクラスメイトたちは大騒ぎしたものです。<br />
　ちょうど給食が終わったあとの昼休みの時間でした。男の子たちは<br />
「雪だー！」<br />
　と叫びながら外に飛び出して行き、そんな男の子たちを見ながら半ば呆れた顔をしつつも、わくわくと胸の底で小人がスキップを始めたかのような、何とも言えない高揚感に満ちた表情で女の子たちは窓の外を眺めていました。<br />
　最後に雪が降ったのは私が生まれる前だったと、おばあちゃんから聞いたことがあります。太平洋岸に面した、冬でも比較的暖かいこの町に雪が降ることなど、本当に稀なことだったのです。つまり私は生まれて初めて雪を見たということになります。本やテレビなどで見ることはあっても、実際体験したことのないこの状況に、私の心は浮かれていました。空から降るその白い物体が雪であると、誰もが信じて疑わなかったのです。<br />
　昼休みが終わるチャイムが鳴り、男の子たちが教室に戻ってきました。皆、鼻を真っ赤にして興奮気味に雪の感想を述べています。<br />
「冷たかった」<br />
「舐めたら少ししょっぱかった」<br />
「なんかちょっとぬるぬるしてた」<br />
　雪に関する情報といえば、「冷たい」と「白い」しか無かった私たちは、感嘆の声を上げながら男の子たちの話を聞いていました。窓の外の雪は少し勢いを増し、量も少しずつ増えています。<br />
「大木、どこ行った？」<br />
　学級委員長の水嶋くんが、辺りを見回しながら言いました。そういえば、先ほどからクラスで一番のお調子者の大木くんの姿が見えません。雪が降り出したとき、真っ先に校庭に飛び出して行ったのは大木くんです。<br />
「まだ外にいるのかな？」<br />
　水嶋くんが窓の外を見ながら首をかしげました。<br />
「ていうかもう授業始まってる時間だよね？　何で先生は来ないんだろう？」<br />
　私の隣にいたリカちゃんが言いました。リカちゃんはクラスで一番仲の良い女の子です。<br />
　皆で一斉に時計の方を向くと、昼休みが終わるチャイムが鳴ってから十五分ほどが経過していました。廊下に一番近い位置にいたえり子ちゃんが、窓を開けて廊下を覗き込みます。<br />
「他のクラスは授業やってるみたいだけど&hellip;&hellip;。誰かほかの先生に言いに行った方がいいのかな？」<br />
　数人が廊下側の窓の付近に集まりました。好奇心を抑えられない私もついつい窓から廊下に身を乗り出します。隣の五年二組の教室からは、学年主任の桜井先生が国語の教科書を読む声が聞こえていました。<br />
　教室の中が一気にざわめき立つのと同時に、雪もどんどんひどくなって行きます。斜めに吹きすさぶほどの強い雪の模様など、ニュースでしか見たことがありませんでした。<br />
「積もるかな？」<br />
　リカちゃんは今のこの状態を面白がっている様子です。にやにやしながら言いました。私はこのおかしな状況に少しだけ恐怖を感じていたのですが、それを悟られることが何だか恥ずかしく思えて、無理矢理笑顔を作って相槌を打ちました。<br />
　五時間目が終わるチャイムが鳴りました。結局担任の山田先生も大木くんも戻って来ませんでした。<br />
　二組の授業が終わったタイミングを見計らって、水嶋くんとえり子ちゃんは桜井先生を呼びとめるため廊下の外に出ました。教室にいた大半のクラスメイトたちがその姿を見ていました。えり子ちゃんのポニーテールのリボン、水嶋くんの少しだけはねた後ろ髪、二人の身長差はほとんど無いように見えました。<br />
　次の瞬間、先に廊下に出たえり子ちゃんの首から上が無くなっていました。勢いよく飛び散る血しぶきと、えり子ちゃんの頭がごろごろと廊下を転がって行く音。私は何が起こったのかわけが分かりませんでしたが、反射的に隣にいたリカちゃんの手を強く握りました。<br />
　間髪入れる間もなく、水嶋くんのお腹を突き破って何かが教室の中に飛び込んできました。口に何か細長いものをくわえて大きな鎌を持ったそれは、今朝見た山田先生の服装と同じ格好をしていました。水嶋くんはお腹から血と内臓のようなものを垂れ流しながら、ゆっくりとその場に倒れました。<br />
　私たちはパニックに陥り、悲鳴、叫び、泣き声、誰かの怒号、そしてなぜか黒板の上のスピーカーからはジリリリリリというサイレンが鳴り始めて、教室は音の洪水に巻き込まれました。私とリカちゃんは手を握ったまま机の下に逃げ込み、体を小さくしてぎゅっと目をつぶりました。<br />
　目を開けてはいけないと思いました。頭の中でおばあちゃんに教わったお経を唱えながら、今が一体どういう状況なのかもわからずに心臓の鼓動がどくんどくんと速く打つその動きを体の中で感じていました。<br />
　山田先生は教室の中をムササビのように飛び回っているようです。びゅんっという風を切るような音のあとに誰かの叫び声、ごろごろと転がる首の音が聞こえ、次第に皆の声は少なくなっていきました。<br />
「ぎゃっ」<br />
　すぐ近くで声がしたかと思うと、握り合っていたはずのリカちゃんの手の力が弱まり、何かべとべとしたものが顔にたくさんかかりました。口の中に少しだけ入ってきたそれは、鉄の味がしました。<br />
　次は私の番だ。もうクラスメイトの誰も残ってはいないようでした。<br />
　ガタガタと音が聞こえるほどに震えていると、スカートの中が濡れているのに気付きました。どうやら恐怖のあまりおもらしをしてしまったようです。目をつぶってはいましたが、私の足元にはクラスメイトたちの血液と漏らしてしまった尿でびしゃびしゃに濡れているのが分かりました。きっと私はこのまま殺されてしまう。<br />
　そのとき、ずっと鳴り続けていたサイレンの音が止みました。それと同時に、私のまぶたの中に強い光が差し込んで来ました。それは目をかたく閉じていても感じられるほどに強烈な光で、その一瞬だけは意識が少しだけ遠くなりました。<br />
　私の意識がどこかへ放り出されている間、私は様々なことを思い出しました。リカちゃんに貸したままのマンガのこと、一年生のとき大木くんに意地悪をされて泣いていたこと、二学期の初めに死んでしまった飼育小屋のうさぎを死なせたのは私だと疑われたこと、山田先生が授業中に「カーッ」と言って痰を吐くようなしぐさをするのが嫌いだったこと、今朝お母さんと喧嘩したまま謝っていないこと、おばあちゃんが「雪の降る日は良くないことが起こるでねえ」と言っていたこと。<br />
　意識がかえってくるのと同時に私は目を開けてしまいました。窓の外の雪はすっかり止んで、強い太陽の光が教室の中を照らしています。おそるおそる周りを見渡すと、首の無くなったクラスメイトたちが大勢横たわっていました。立ち上がろうにも、足元の血の海に足を取られ、なかなか立つことが出来ませんでした。そう、それは血の海と呼ぶにふさわしいものだったのです。<br />
　窓のそばに山田先生が倒れていました。鎌を持ってはいましたが、全体的に黒く焼け焦げていて、生きてはいないようでした。背中には片腕のない大木くんが山田先生の首に巻きつくようにして乗っかっていました。頭はくっついていましたが、真っ黒に焦げて表情など何も分かりませんでした。<br />
　私は這いつくばるようにして窓のそばまで行くと、太陽に照らされた校庭を眺めました。さっきまで降っていた雪のせいで、校庭はたくさんの水たまりが出来ていました。その水たまりの水はどれも赤く、血だまりのようにも見えました。<br />
　教室の中で、一人生き残ってしまった私は、これからどうすれば良いのでしょう。私は途方に暮れました。そりゃあ私はクラスメイトの皆のことが大嫌いで、みんな死んじゃえばいいのに、って毎日願っていたけれどこれはさすがにやり過ぎじゃあないかな、って、そう思えたら何だか笑えてきました。そして山田先生の握っていた鎌を手に取り、首にあて、思い切り横に引きました。自分の首が飛んで行く感覚、冷たい床の血のにおい。最期の記憶を持って私はみんなのいる世界に旅立ちました。何だかんだ言っても、やっぱり私はクラスメイトのみんなを嫌いにはなれないようです。<br />
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(2010/12)<br />
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            <name>原発牛乳</name>
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    <published>2010-12-02T22:23:24+09:00</published> 
    <updated>2010-12-02T22:23:24+09:00</updated> 
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    <title>アーガイル</title>
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      <![CDATA[<p>　そのベストの模様何て言うんでしたっけ？　その菱形の、それ。それ可愛いですよね。何だっけド忘れしちゃったな。私、去年その模様のカーディガン三着も買っちゃいましたよ。ローリーズと、ヘザーと、あとどこだっけな。あ、そうそうユニクロ。ユニクロも最近可愛いの多いし、意外と丈夫なんですよね。制服にはやっぱりカーディガンっていうか、あ、ベストも合いますけど。先生ベスト似合いますよね。シャツとベストの組み合わせ、最高に似合うと思います。やっぱり無地のベストより、その模様のベストが一番似合いますよ。夏は着ないじゃないですか。暑いから。シャツだけでも十分かっこいいんですけど、ベスト着ると五割増しで良く見えます。いや、先生かっこいいですって！　私視力両目1.5ですから。毛穴まで見えてますから。毛穴までイケメンですよ。いやいや別に頭おかしくないですから。笑。先生は年下興味無いですか？　無いですよね。先生熟専って感じするし。年上に可愛がられるタイプですよね。そんなことないですか？　ですよね。やっぱり年上ですよね。包容力っていうか。私も年上がいいなあ。先生みたいにベストが似合う人がいい。っていうか先生がいい。先生がいいです。先生が</p>
<p>「問九、宮沢。宮沢、起きてるか？」<br />
「あ、はい、寝てません」<br />
　頭の中は夢でいっぱいだったけど、意識はしっかりしてました。<br />
　先生を眺めることに集中するために、数学の授業の予習は欠かさない。問九の回答は出ている。馬鹿だらけの学校だから授業のスピードは遅いし、勉強すれば何でも解けるのだ。第一志望の高校に落ちた時は布団から出られないほど落ち込んだものだけど、入学式で先生の姿を見つけた時、落ちて良かった、って思った。<br />
　黒板の前に立ち、チョークの粉を気にしながら問題を解いていく。教卓に立つ先生の背中は真後ろにある。指が震える。<br />
「先生、わかんなーい！」<br />
「あーもうお前寝てただろ。ちゃんと聞いとけって俺はあれほど」<br />
　茶色い頭をした女子の甘い声に応答する先生の声はどこか嬉しそうで、面倒臭そうで、でもきっと口角は上がっていて、私には絶対に見せないだらしない顔をしているのだろう。すぐ後ろにいるのに、私と先生の間には成層圏を突き抜けてしまうほど高い壁が存在している。<br />
　粉をはらって席に戻ると、回答の間違いに気付いた。答え合わせは始まっている。しまった、しくじった。<br />
「お、宮沢、今日は珍しく間違えたな」<br />
　予想を覆すように、先生の口元が少し上がった。気がした。気がしただけだけど、壁はエベレストくらいの高さまで下がった。エベレストなら、頑張れば越えられるかも知れない。<br />
　私の回答を直すと、ベストの模様が歪んだ。いびつな菱形はハートに見える。かなり無理矢理。<br />
「今日解けなかったやつ放課後残れよ」<br />
　菱形が元に戻るとチャイムが鳴った。先生の後ろ姿を眺めながら、私は「次は甘い声を攻略」と頭の中にメモをする。<br />
<br />
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(2010/9)<br />
<br />
&nbsp;</p>]]> 
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            <name>原発牛乳</name>
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    <published>2010-12-02T22:20:27+09:00</published> 
    <updated>2010-12-02T22:20:27+09:00</updated> 
    <category term="1000文字小説" label="1000文字小説" />
    <title>残酷な夏の終わりに</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p>　飴色に染まった部屋に、小さく雨音が響く。夕立？　窓際に立ちカーテンを開けても、雨の粒は見えない。いつしか耳の中から雨音も消えていることに気付く。<br />
　ああ、またか。<br />
　心臓を打つ音がどんどん早くなって、私はその場に座り込む。ばらばらばらばら。激しい雨音が脳内を駆け巡って、あの日に戻ってしまう。<br />
　あの日、彼と出会った日は激しい雨が降っていた。彼と会う日はいつも雨が降っていた。<br />
「絶望的なくらい雨男だから」<br />
　そううっすらと笑った彼の顔が今でも焼き付いて離れない。</p>
<p>　彼は私を乱暴に抱いた。痕がつくほどに手足を縛ったり、首を絞めたりすることもしょっちゅうだった。そしてそれと同程度のことを彼自身も望んだ。私はカッターで彼の白いお腹に傷を付け、ぽつぽつと浮き上った赤い血を舐めた。舌を這わすたびに小さく喘ぐ彼の声は、静かな雨音の中に溶けた。<br />
　いつか殺されてしまうかも知れないという恐怖を抱きながらのセックスは、頭の中に渦まく余計な思考を取り除いてくれた。彼になら殺されてもいいと、本気で思っていた。私を抱くたびに<br />
「僕が死んだら悲しい？」<br />
　と訊ねる彼の目に私の姿が映っていなくても、私を求めてくれるだけで幸せだった。</p>
<p>　しばらくしてまた雨音が聞こえた。ぬるい風を送り込んでくる窓に近づくと、大きな雨粒が網戸に体当たりしているのが見えた。勢いよく窓を閉め、私はまた座り込む。<br />
　雨が降っても降らなくても、私の頭の中から彼が消えることはない。いっそのこと殺してくれれば良かったのに。一緒に死んでくれれば良かったのに。</p>
<p>　彼女がいることは知っていたし、最初からそれを承知で私は彼に抱かれた。<br />
「彼女とはもうずっとセックスはしてないんだ」<br />
　その言葉を信じた。それが嘘だろうと構わなかった。私にしてくれることのすべてが嬉しかった。それだけで彼を独占出来た気になっていた私はただの馬鹿だったのだと思う。</p>
<p>　彼女が私と同じ学校に通う子だと知ったのは、つい最近のことだった。学校の前で待っていた彼は、私を見つけると目をそらした。そして逃げるように私の横をすり抜け、すぐ後ろを歩いていた彼女の手を取り歩き出した。<br />
　私よりもずっとずっと不細工で、手も脚も丸太みたいで、洋服のセンスもちぐはぐで、それでも彼女は彼に愛されていた。私の知らない彼を知っていた。</p>
<p>「もう会えない。彼女が妊娠したんだ」<br />
　二度と明けない夜に突き落とされた気分だった。彼は私じゃなく彼女を選んだ。当たり前だ。彼は私のものじゃない。<br />
　彼女とこれからどうするのだろう。結婚して幸せな家庭を築くとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な。幸せになれるはずがない。ないんだ。</p>
<p>　私は彼のアドレスを消し、受信できないよう設定した。それでも彼との記憶が消えることはなくて、私はひたすら雨音に乱されるしかない。心が、体が、どんどん現実から離れていく。<br />
　夏が終わろうとしている。雨音はまだ止まない。<br />
<br />
<br />
(2010/7)<br />
&nbsp;</p>]]> 
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